約 4,866,746 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1705.html
426 :変わったの日・七夕:2010/07/07(水) 01 02 34 ID YoIqN8Pn 昔ならば梅雨の時期が過ぎて、夏の本格的な暑さがやってくる頃合いなのだが、最近話題の地球温暖化のためかまだじめじめ感がある梅雨の時期だ。 今日は七夕。月日でいうと7月7日だ。近くの商店街では、竹がたくさん飾られ、その竹に願いを叶える短冊が吊されている。短冊は多くはないが色鮮やかに吊さられている。 「短冊か。」 よく小さい頃には短冊に夢見がちな馬鹿な願いを頼んだもんだ。 だが今はそんな非現実的なことも考えたりしないつまらない人間へとなってしまった。 もっと言えば、そんな自分に何の違和感もないぐらい自分は自分の意思を隠してしまった。いや、どこかに消えてしまった。 「帰ったら、センターの過去問題集をやらないと。」 青春の汗を流す花の高校生活と言う人は言うが、自分にとっては大学のための勉強場所にしか過ぎない。自分の通っている学校は偏差値は高いが、トップというほどでもない。 ちなみに自分は自慢ではないが県内最難関高校に行けることはできた。しかし今通っている高校は家から20分の場所にあったので、勉強出来ればどこでもいいと考えていたので、近くの方にした。 427 :変わった日・七夕:2010/07/07(水) 01 03 42 ID YoIqN8Pn 学校には、不良の真似でもしたいのかだらしない服装で生活する奴らもいるが、それでもなお流石と思うべきかしっかりとした者がほとんどだった。 文化祭での盛り上がりもなかなかだが、自分にとっては邪魔な行事の一つでしかなかった。 帰り道である商店街を抜け出し、自分の家まであと少しという所まで来た。 部活に所属していないので、他の人よりは早めの下校だが、いや…もう3年生だから部活に入ってなくて当然か。まあ、それでも4時は過ぎている。 冬になるとこの時間帯でさえも暗くなるので、自分にとっては不愉快に感じる。 ………いっそのこと今日は七夕なのだから短冊に『冬でも夏と同じ時間帯に暗くなってほしい』とでもやってみるか。 と、普段では考えもしないことが頭によぎってしまった。 別に七夕なんかに特別な事もあったわけもなければ、中学の時からは、こんなこと考えたこともない。 「勉強のやりすぎか。」 高3年になってからは本当に勉強日和だったからな。 428 :変わった日・七夕:2010/07/07(水) 01 04 41 ID YoIqN8Pn まあ、今日ぐらいは帰ったら、復習だけして寝るか。 頭おかしくまでなりたくないので今日だけはあまり勉強しないことにした。 そして家に帰宅し、先ほど思っていたこと通りに今日という日を過ごした。 昨日いつもより早く寝たためか朝起きるとどこか清々しい気分になっていた。 「……たまにはいいかもな。」 1階のリビングに向かい、親が用意した朝食を食べながら 「今日はなんかいい天気だね。」 「あら?珍しいじゃない。さー君が自分から話すだなんて。」 母だけではなく、自分も驚いた!無意識とはいえ、自分から会話を提供するなんて! それから奇跡は続き、今日の朝食は会話が途切れることなく、有意義なものとなった。母と父とあんなに喋ったのはいつが最後だったかな… いつもより少し遅く家を出た。行く際も母が『行ってらっしゃーい』と今まで一方通行だったが 「行ってきまーす」 今度は自分の意思で言った。今日はなんか本当に変な日だ。 学校に向かう途中、久しぶりの人物に会った。 429 :変わった日・七夕:2010/07/07(水) 01 11 04 ID YoIqN8Pn 「おはー♪」 隣に住んでいる幼なじみの上竹 楓(うえたけ かえで)がいたのだった。 彼女はこの県内最難関高校である星南高校に進学したのだ。 中学の頃は同じ中学でテストの時によく自分の家に来て勉強を教えていたのでよく彼女の頭のできのことを知っているが、中3の春まではとても馬鹿だった。どれぐらい馬鹿かというと割り算が出来なかったぐらい馬鹿だった。 しかしながら夏休み相当苦労したのだろう。秋には、自分と楓で1、2位を独占していたぐらい開花したのだった。 そして、星南に受験して見事合格。しかし当の本人はすごく落ち込んでいた。 『……裏切りが…』 凄い目つきで自分を睨み付けながらそう呟く楓は殺人鬼そのものに見えた。 本人は自分と同じ学校に行きたかったらしい。多分また俺と独占しようと計画を立てていたのか。まあ、正直自分にはどうでも良かったことだったので特に気にしなかった。 430 :変わった日・七夕:2010/07/07(水) 01 15 25 ID YoIqN8Pn だが、今考えると楓に酷いことしたなと後悔している。 「おはー、久しぶりだな楓。今日はどうした?こんな遅く出て?」 星南は最寄り駅から30分した所の駅からさらにバスで30分と遠い場所にあるので、楓が遅刻しないか心配した。 「咲元があたしを心配するなんて…頭打った?♪」 何故だろう………久しぶりに会ったせいか楓の姿を見るとドキドキする。あっ余談に自分の名は松下 咲元(まつした さきもと)。 確かに楓は可愛い。茶毛で軽くウェーブのかかった髪は最後に会ったままで、しかし容姿は3年の年月によって、大人っぽい感じがあって良いと思う………!!!! 「お・俺は何を考えている!」 「どうしたの?」 楓が上目遣いで俺を見てくる/// 「な…なんでもない!!」 「ふ~ん…まあ、良かった♪咲元と今日逢えて!!」 そんなことがあり商店街の中を通る5分間は楓と登校した。とても楽しかった。 431 :変わった日・七夕:2010/07/07(水) 01 16 06 ID YoIqN8Pn 初めてかもしれない。勉強がはかどらなかったのは。 学校があっという間に終わり、帰るため校門をくぐり抜けると一人の女子が俺に近寄って来た。 「松下君!」 「は・はい!?」 いきなり大きな声で呼ばれたのでびっくりしてしまい、声が変になってしまった。 「ちょっとこっちに…」 言われがままに人気のない道に連れていかれた。 しかし、視線が感じるのは気のせいか? 「松下君のことが好きでした!私と付き合ってください///」 いきなり告白された。……誰が?……俺がか!? 「えっと本当に俺?」 「はい!!本当はもっと早く想いを告げようとしたのですが、近寄り難くて……けど、今日の松下君はいつもと雰囲気が違っていつも以上に引き寄せられちゃって///」 確かに朝からいつもと違うことには気付いてたが、まさか告白されるまで変わるとは!! 432 :変わった日・七夕:2010/07/07(水) 01 18 15 ID YoIqN8Pn さらに告白してくれた子はかなりの美人ちゃんじゃないか!?楓とまた違ったタイプだな。 ヤバい……またドキドキが…… 「あの…返事は?」 「逆に俺なんかでいいの?」 「そんな!?松下君は知らないかもしれませんが松下君、結構女子から人気あるんですよ。今日告白した理由はそこにもあって、他の子に取られるぐらいなら………と思ったからでもあるんです!」 今、目が淀んだのは気のせいか?それと先ほどからある視線が冷凍ビームにランクupしたような…… 「俺なんかでよければ…」 今、楓の顔が頭に浮かんだ。しかしすぐに消え今いる女子のことで頭いっぱいになった。 「付き合ってくれるんですね!!」 「おう!…えっと?名前何だっけ?」 「寺島 杏(てらしま あんず)です。」 「よし!俺は寺島のことをたくさん知るよう頑張る。」 「わ・私はもっと松下君のことを好きになってみせます///」 こうして俺と寺島は今日から付き合い始めることになった。 今日は本当に生まれ変わった感じだ。 俺と寺島は手をつなぎ一緒に帰った。 「……裏切りが!!…」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1148.html
349 :Tomorrow Never Comes9話「ほころび」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/03/01(日) 00 34 21 ID bqVkUjNx 幼い頃、俺は糸抜きが好きだった。 衣服のほつれた部分を見つけては、飛び出た糸を抜けるまで引っ張った。縫い目がするすると崩れていき、ほころびが生まれる。何故かは分からないが、それを見ると満足した気持ちになったのだ。 見つけては迷わずに引き抜き、怒られようがお構い無しだった。 幼い俺は、16歳になった自分がほつれを前に何もできずに立ち尽くしているのを、どう思うだろうか。 朝から席についてはいるが、何もしていない。教科書とノートは開いているが、それだけだ。こぼれるようにため息をつくと、前の席の人が脅えるように身震いをした。 ふと窓の外を見ると、7月の雄大で清々しい空に、ポツポツと雲が浮かんでいる。何か理由があるでもなく漂う雲は、どこか間抜けだ。 今度は教室を見渡す。誰もが、先生がつらつらと黒板に書いた文字を無我夢中でノートに写している。 あの佐藤や遊佐までもが必死で写しているのだから、もしかしたら人生の悩みを一瞬で晴らすような方法が書いてあるのかもしれない。 先生が何か質問は、と言ったので手を挙げる。 「ん、斎藤君」 「なんで浦和先輩は殺されたのですか?」 全てのペンが止まり、教室中から音が失われた。誰もが恐る恐る俺を振り返り、その中で遊佐が可哀相な物を見るような目を俺に向けている。 そうか、俺は今、同情してもらってるのか。ありがとう、みんな。 「保健室でゆっくり休んできなさい」 ありがとう、先生。 とはいえ、バカ正直に保健室へ向かう気にはなれない。 生徒会室へ向かう途中、なんとなしに携帯を取り出した。『不在着信99件 メール118通』と表示されたディスプレイをぼんやり見ていると、またメールが届いた。中身を見ることなく、ポケットにしまう。 「サイレントじゃなきゃやってられんな」音なし、バイブなしの状態をこれほどありがたいと思ったことはない。 浦和先輩の死体が発見される数日前に起きた小さな事件は、俺とくるみと窪塚さんの心の内だけにしまわれている。 ただ、変化は確かに顕在化しており、この携帯の状況がそのまま今の現状を表していると言っても過言ではない。 くるみの俺への依存は目に見えて悪化している。睡眠時だろうが食事時であろうが、可能なときはいつでも傍にいるようになった。一度、風呂にも来ようとしたが、さすがに止めた。 こうして学校などの強制的に引き離される場合は1分置きの電話、授業中はメールが送られてくる。罪悪感からなのか、俺はくるみを避けることも、拒絶することもできずにいる。 一方、窪塚さんはといえば、休み時間のたびに俺の教室を訪れては同じように訪れるくるみと牽制をしあう。 出来るだけ避けようとはしているが、効果がないこともいい加減分かってきて、今では受け流すようにしている。メールや電話もほぼ同じペースで、ここ数日の間に届いたメールの9割はこの2人が占めている。 残りの一割は佐藤との部活の話や、姉が友人を連れて近々帰省するだとか、その程度だった。 肝心の俺は、今まで通り、やはり何もしていない。“魔物の巣”に魂を置き忘れてきたのか、思いのほか図太く、それも冷静だ。授業も部活もかつての惰性で行ってはいるようなものだが、それでもそこまで支障はない。 350 :Tomorrow Never Comes9話「ほころび」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/03/01(日) 00 35 02 ID bqVkUjNx 幼馴染・・・いや、元幼馴染が昔、チェス盤の端から端までワープをする、という技を思いついたことがあった。 思考的なゲームが一変、先攻を取った方が勝つ、という趣旨の分からないものになってしまったのを今でも覚えている。 現在の俺の状況は、言ってみればそんな感じだ。ノミの如く小さい俺のハートに、あの事件は衝撃的過ぎた。一気に容量限界を突破し逆の空っぽに戻ってきた、そんなところか。 薄々勘付いていたとはいえ、核心に触れるのを意図的に避けていたくるみの狂気的な依存。予想だにしなかった窪塚さんの一面。現状をもってしても遠くの話に感じてしまう。 同時に、これは全て俺が引き起こしたことではないか。そんなことばかり、ここ数日は考えている。 くるみにもっと優しく、1番に気遣ってやってればここまで狂わなかったのか。 窪塚さんの気持ちにもっと早く気付けば、彼女も壊れなかったのだろうか。それはすなわち、先輩も死ななかったという結果も生んでいたかもしれない。 「俺の、罪」感情のない自分の声に、少しだけ驚く。 ふいに、はるか昔、幼い自分が犯した罪が脳裏を掠める。 夏の日、親に抱かれた俺は、連れ去られるあの子を助ける術はおろか、力も持ち合わせていなかった。 遠ざかる車は夏の陽炎。ゆらめきと共に消える。 高き太陽は傲慢。地に這いつくばることさえ出来ない俺を笑う。 俺がその光景を知っているはずがない。そもそも、見ていたという確証もない。だが、脳は鮮明に、幾度となく俺に示す。 ━━忘れることなかれ、己が大罪。 鍵を開けようと差し込んだ時、中から声がした。 「開いてますよ」 そのまま引き返し素直に保健室へ行くという選択肢もあったが、俺自身、彼女には用があったので中へ入った。 声がしたからには当然声の主が、この場合は窪塚さんが生徒会室の中にはいた。奥の窓に寄りかかるようにして立っている右手の人差し指には、彼女が勝手に作った合鍵がぶら下げられている。 「窪塚さんもサボり?」 「りおちゃん、って呼んでくれなきゃ返事しません」 以前と変わらないように見える窪塚さんは、昔のままの屈託のない笑顔を見せる。俺は顔を逸らし、無言で入り口の横の棚に背を預け、床に座った。 「・・・意地悪ですね、先輩」メールも返してくれないし、と彼女は口を尖らせた。 「文字を打ってる途中でメールが来れば、誰でもその気をなくすよ」 「あの女からの、ですか」 何時の間にか、窪塚さんは俺の前に立っていた。蛍光灯を背に俺を見下す姿は恐怖を感じるものの、生憎この手の恐怖には身体が麻痺してしまっている。決して喜ばしいことではないが。 「人のことを“あの女”と言うのはよくない」 「・・・どうしてっ、どうして私のことは見てくれないのに、あの女・・・黒崎くるみばっかり構うんですかっ」 「家族だからなぁ」 351 :Tomorrow Never Comes9話「ほころび」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/03/01(日) 00 35 28 ID bqVkUjNx 「家族っ・・・私が1番嫌いな言葉・・・・・」歯軋りをしながら、彼女は呟く。「私だって、私だって・・・」 毎度のことだが、俺は状況がまったく読めない。こんなとき、人生の攻略本を持つ父なら一発解決なのだろうが。 「せっかくだから、いくつか訊いておきたいことがあるんだけど」 所在なさ気に呟くと、窪塚さんは表情を明るくし、俺の前にしゃがみこんできた。スカートの中身が見えそうな体勢なので、視線を横に向ける。 「はい、なんでも答えますよ。まずはスリーサイズからいきますか?」 「いや、いい」そんなに目を輝かれても困る。「えっと、凄くバカらしくてマヌケなことを言うよ?」 「好きな体位でも訊きますか?」 「・・・窪塚さんは、その、もしかしなくても俺のこと」 「好きですよ」 あまりにもアッサリと答えられ、恥らう自分がアホらしく感じてしまった。「ああ、そう」 「私は先輩のことがだぁい好き。先輩のためだったら何でも出来ます。朝はまず優しくキスで起こして、それから先輩にスッキリしてもらって、ご飯作って掃除して・・・ あ、ワンちゃんのお散歩もしますよ。お弁当も作りますし、学校ではメール1つですぐ駆けつけますし、いつでも先輩をスッ」 「もういい、もういいから」これ以上聞くとスッキリという単語の意味を深く考えてしまいそうになる。 こうして笑っている彼女を見ると、わからなくなってしまう。 彼女は浦和先輩を殺した。あの時の会話から、なんとなくそれは予想できる。要するに、俺を振り向かせるため、俺が一番気遣う存在であるくるみと同じ土俵に立とうとしたということだろう。 なんとバカな真似だろうか。どんな理由があろうと、人の命を奪っていい理由にはならない。ましてや、それが俺のためといっては、先輩も浮かばれない。 「もう1つ、窪塚さんはいつから俺のことを?」 「ずぅっと昔、まだ私が私じゃなかった頃からです」 「・・・よく分からない」 「いいんです、私はわかってますから」 ━━先輩が忘れても、私は覚えてますから 小さく呟いた彼女の顔は寂しげで、遠い過去を見ているような憂いを含んでいた。それ自体に見覚えはないが、どこかで似たものを見たような気がした。 「・・・ということは、浦和先輩と付き合ってたのは」 「ああ、全部嘘ですよ」 あっけなく、まるで数学の解答を教えるように軽く言い放った。ああ、そこは3ですよ。そこはx=7ですよ。 「安心してください、アイツはもちろん、誰にだって私の純潔は捧げていませんから」 「なんで、そんなことまでして」 「先輩の傍にいるためですよ」艶やかな笑み浮かべ、俺の首へと手を回す。「捜すの大変だったんですよ?」 覆い被さってきた彼女の豊満なバストが目の前で揺れる。大きく開かれたワイシャツから、胸元がちらつく。 「せんぱぁい・・・」 気分が悪くなるほどの甘い声に、案の定気分が悪くなった。 「やめてくれ」思いのほか強くしがみ付く彼女を、立ち上がる勢いと同時にひっぺがしす。 手加減が出来なかった。尻餅をついた窪塚さんは立ち上がった俺を睨みつけるが、その瞳は俺より向こうを見ているのが分かった。 「あの女・・・アイツが、アイツさえいなければぁっ」 俺にも限界は、ある。 「いい加減にしてくれよっっ!!」 しかし、1つだけ叫んだ俺は、糸が切れた人形のようにその場へとへたれこんだ。 「くそっ・・・何で、なんでこんなことになったんだ・・・・?」 さっきまでは答えが出てたはずなのに、記憶に靄がかかったように思い出せない。 塞ぎこむ俺の耳に、残響のようにあの甘ったるい声が響いていた。 352 :Tomorrow Never Comes9話「ほころび」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/03/01(日) 00 35 57 ID bqVkUjNx 「ったく、勘弁して欲しいぜ」 体育館へ続く渡り廊下に、俺は横たわっていた。 何故? 分からない。頭の横に座る佐藤に目をやると、彼はわざとらしいため息をついた。 「お前、熱中症で倒れたんだよ」 夏本番が近づき、体育館はまるで蒸し風呂のように暑い。ましてや、今日のように半面をバドミントン部が使ってると、窓が開けられないので余計に酷い。 そんな中部活をしていると、決まって倒れるやつが出た。それが今回は俺だったということか。 ほれ、と差し出されたスポーツドリンクを受け取ると、上半身を起こし、一気に口に含む。冷たい水が体中を駆け抜ける。 「最近おかしいぞ、お前。昨日も保健室行ったまま帰ってこなかったし」 「怪獣ホルスタインとの対決が思いのほか長引いてね」 「おお、なんか素敵な怪獣だな」 「変われるなら配役を譲ってやりたいね」夏の強い日差しの中、時折吹いてくる風が心地よい。 結局、俺がどうやって窪塚さんから逃げたのかは曖昧だ。気が付けば放課後で、何時の間にか帰宅していた。 ただ、今日こうして五体満足、体調万全でバレーに挑めているということは、上手いこと逃げ切ったのだろう。よくやった、昨日の俺。 休日の部活というのはそれなりに憂鬱だが、一度始めてしまえば楽しいもので、思わず熱中してしまう。その結果、熱中症にかかるというのは多少病的に、そして親父ギャグのように聞こえる。 だが、悩みを抱えているときの運動ほど清々しいものはないのだから、仕方ないと言えば仕方ない。 今日、窪塚さんは来ていない。浦和先輩の件で重要参考人として何度目かの事情聴取を受けているらしいのだが、今まで通り恋人だったから、という理由だろう。 確証はないが、彼女が警察に疑われるようなミスをするとは到底思えない。 ちなみに、佐藤も数日前に警察へと赴いていた。死体発見の前に浦和家を訪れたことで、白羽の矢が立ったのだ。 実際、浦和先輩の家を訪れたのは俺なのだが、先輩のお母さんは佐藤君と言い張った挙句、佐藤の顔を見てこの子です、と言い切ったらしい。天然かと思ってたがあれはただの呆けだな、そう佐藤はいきっていた。 その上、おばさんは同行していた少女の名前を『くるり』だと言っていたらしい。警察が気を利かせて、くるみでは?、と言っても意志を曲げなかったそうだ。 もしかしたら俺たちを庇っているのかもしれない、と考えたが理性が一瞬で却下した。そうする義理がない。 しかも運がいいことに、この近くに『くるり』という名の少女がいたらしく、警察はその子を捜索しているそうだ。その子からすれば、運が悪いにも程がある。いつか会えたらしっかりと謝りたいと思う。 また、携帯の破片や指紋などで割り出されるのではないかとも思ったが、俺たちに捜査の手が伸びることはなかった。 くるみの前で何気なく口にすると、破片は掃除機で吸った上で中身のパックごと回収し、指紋のつきそうな位置は手持ちのウェットティッシュで拭いたのだと、胸を張って誇らしげに話してくれた。 そう言うならもちろん、髪の毛の一本一本まで回収したに違いない。何故ウェットティッシュを持っていたのかと訊くと、そっぽを向いて黙ってしまった。 安心すると同時に、この時からくるみは異常だったのだと分かり、彼女を御せなかった自分を責めた。 「何があったかは訊かねぇ」佐藤がぽつりと呟いた。「くるみちゃんとりおちゃんが変なのは、流石の俺でも分かるよ。俺にできることがあったら言えよな」 「ああ、サンキュ」 気にすんなよ、と笑う佐藤に、何の感情も抱いていないことに恐怖した。 353 :Tomorrow Never Comes9話「ほころび」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/03/01(日) 00 36 35 ID bqVkUjNx それからバカ話をしていると、背後から呼ばれ、振り向いた。そこには、大川俊先輩がいた。 「大将、大丈夫かい?」 先輩はいつも通りの笑顔で俺を覗き込んできた。 「すいません、もう大丈夫っス」 「ああ、無理しないでいいから、ゆっくり休んで」 俺の肩に手を乗せ、地面に押し付けるかのように無理矢理座らせると、隣に腰を下ろしてきた。 体育館のほうから足音がしたので見上げると、通路を通っていくバドミントン部の女子が、邪魔くさそうに俺たちを見下して通り過ぎていった。 「調子悪そうだね、最近」それを気にもとめずに、先輩は言う。「やっぱ、好紀のこと?」 「遠からずも近かからず、ってとこです」 「直接の原因じゃない?」 「ええ、まぁ」 確かに、直接ではない。なんとなく申し訳ない気持ちになった。 「なら安心だ」 「どういうことです?」佐藤が先を促す。 「もし好紀が原因で落ち込んでるとしたら、きっと、好紀はそんなの望まないよ。『テメェら、同情するなら生き返らす方法でも考えやがれ』ってね」 「ははっ、確かにキャプテンなら言いかねない」 佐藤に合わせて俺も笑った。「ただ、『同情しろよ、薄情者っ』とも言いそうっスよね」 「ああ、言う言う」 「好紀なら言うなぁ、きっと」 3人は笑うのが同時なら、ため息をつくのも同時だった。 「もういねぇんだな、キャプテン」 不意に、叔父さんと浦和先輩が重なった。立場は違えど、人が死ぬということは残される人にとって、根本的にはなにも変わらないのだと、ようやく理解した。 354 :Tomorrow Never Comes9話「ほころび」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/03/01(日) 00 37 03 ID bqVkUjNx 先ほどとは逆方向から足音が聞こえてきた。しんみりしていたのと、さっきの経験から顔を挙げるつもりがなかったのだが、すぐ近くで足が止まったので、思わず目をやる。 「・・・なぁにしてんの」呆れ顔の遊佐がいた。 「なんだ、遊佐か」 「ちっ、遊佐かよ」 「なんだとは何よ、なんだとは」 「なんで舌打ちはスルーで俺に絡むかなぁ」明らかに佐藤のが悪い。 遊佐は少し息が上がっている。多分、午後からの練習に向けて、外でウォームアップしていたのだろう。 「よくやるねぇ、遊佐ちゃん」 「あたし、中途半端は嫌いなんです」営業スマイルで答える遊佐の額には前髪が張り付いている。 夏場なのだから必要ないだろうに、Tシャツが肌にくっつくまで汗をかいている。ここまで真剣に打ち込んでいるのは、部活内では遊佐だけに違いない。 遊佐は俺へと向き直り、人差し指を突き立ててきた。「アンタには負けたくないのよ」 「俺は勝負した覚えはない」 「アンタが覚えてなくても、あたしは覚えてるの」 いつか言っていた、大会でのことだろうか。 「っていうか、そもそもポジションが違う」 「そう、それなのよっ。アンタ、何で今になってポジション変えたの?あたしの努力が台無しじゃないっ。どうしてくれるのよっ」 「責任とって結婚しなさいよ」裏声でちゃちゃを入れた佐藤が蹴られる。 「どうして、って言われても、チームのためとしか」 概ね、間違ってはいない。 冬休み、及び3学期中の大会と練習試合で、我が校はなかなかの好成績を収めた。その中には、リベロとして新たな仕事をこなす佐藤の活躍も含まれていた。 しかし、そのことからますます俺の存在意義は打ち消され、正直、俺はやる気をなくしてしまっていた。くるみに励まされながらもやる気なく続けていたある日、俺は顧問の高橋先生にポジョションの変更を提案された。 確かに、現3年生はスパイクに関しては粒揃いだ。2年も、浅井とシバちゃんが、自分たちの代になれば佐藤がアタッカーに転向する事だって可能だ。 とどのつまり、この面子に俺は見劣りするのだ。肩を落とすほどにうなだれる俺を見て、先生は、セッターをやらないか、と訊いてきた。 アタッカーを大砲を打つ人と例えれば、セッターは弾を込める人。弾を込めなければいくら点火しようが城壁は崩せない。高橋先生はそう続けた。 うちの部活にセッターは大川先輩しかおらず、比較的丈夫で健康な彼だが、これから先に万が一がないとも言い切れないし、何より3年生だ。 また、先生は俺の右足首の障害も見抜いていた。それが原因で部活を休んだことはないし、練習中に痛みで抜けたこともない。 しかし、先生からすればスパイクを見れば一目瞭然らしく、今まで俺を試合に出さないのもそれを気遣ってくれた部分が大きいようだ。確かに、アタッカーと比べてセッターは脚への負担が少ない。 さまざまな要因から、先生は俺がセッターになるのを最良とした。俺に、断る道はなかった。 「大将の上達は凄まじかったなぁ」俺の存在が霞むくらい、と先輩はおどけた。 「まさか、足元にも及びませんって」 「またまたぁ」 肘で小突かれる俺を、遊佐が納得いかないという顔で見ている。 「でもなぁ、遊佐。コイツ、マジで努力してたんだぜ?先生に頼んで遅くまで残ってたりさ」 「知ってるわよ、そんなの・・・」 俯いてしまった遊佐に、誰もがかける声をさがしていたら、アイツが来た。 「なんだよ、遊んでんならさっさと帰れよ」相変わらず嫌な声だ。 355 :Tomorrow Never Comes9話「ほころび」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/03/01(日) 00 37 31 ID bqVkUjNx 体育館から出てきたのは同じ2年生の浅井叶(あざい きょう)。浦和先輩のいない今、実質的なエースである。 部活中だというのに崩れない髪形にはどのようなワックスを使っているのか、訊いてみたいものだ。背が高いくて体格もがっちりしており、威圧感がある。 「ああ、悪いな、すぐ戻るよ」 「やる気ねぇなら帰れよ、邪魔だから」 コイツに関しては、俺のリミッターも緩くなる。ずいっ、と前に出る。 「アンタねぇ」遊佐が。なんでだ。 「なんだよ、女バレ」 「女バレじゃないっ、遊佐杏だっ」 「別にテメェの名前なんかどうでもいいよ」 「なんですってぇっ」 「遊佐っ、もういいよ」今にも飛び掛らんとする遊佐を制する。 「離しなさいって、一発殴んないと気が済まないっ」 「おちつけよ、遊すぁ」援護に来た佐藤の顔に裏拳が入る。それを見た大川先輩は一歩退いた。 「アンタは怒んないの!?憲輔っ」 「遊佐が怒るから、タイミング逃した」 「あ・・・ぅ」 途端に遊佐の力が抜けていく。抑えていた腕を離すと、顔を逸らして、ごめん、と一言言って走り去ってしまった。 それを見送ってから、気合を入れて浅井に向き直る。が、浅井はあからさまに呆れた表情を向けていた。しかも、佐藤や先輩までもが同じ顔をしていたので、どこか空回りした気分になってしまった。 「あれ?」 「アホくせぇ」 「先輩、そろそろ戻りますか」 「そうだね」 先輩は頷くと、先輩は佐藤を連れて体育館に入っていった。置き去りの俺と、呆れた浅井だけが残される。 「え、なに、この状況」 「アホくせぇ、ってことだよ」 振り返り、自らも戻ろうとした矢先、浅井は思い出したように立ち止まって振り向く。「そういや、くるみちゃんこっちに来てるのか?」 「物凄く今更だが、来てるよ」 「お前が毎日一緒に帰ってるの、くるみちゃんか?」 「ああ」 「そうか」 浅井は少し考え込んでから、口を開いた。「目はやっぱり」 「見えてない。治る見込みは、ゼロではないよ」 「・・・今度、お見舞いに行ってもいいか?」 「ああ、きっと喜ぶ」ただ、と続ける。「できれば、お見舞いじゃなくて、遊びに来てくれると嬉しい、くるみも」 「だよな」どこか幼げな、懐かしい笑顔があった。 356 :Tomorrow Never Comes9話「ほころび」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/03/01(日) 00 38 38 ID bqVkUjNx 浅井は俺の幼馴染だった。“だった”というのも、とあることから確執が生まれてしまったからだ。 当時から俺はどこか客観的で、浅井も今と同じくガキ大将タイプだった。家が近いこともあって俺たちは毎日のように遊び、くるみが訪れたときは3人で裏山やら川などで日が暮れるまで遊んだものだ。 浅井が引っ張り、俺がフォローする。そうやって俺たちの関係はいつまでも続くはずだった。 中学に入り一緒にバレーを始めると、より一層仲は深まった。浅井はぐんぐんと身長が伸び、運動、勉強、恋・・・この頃には、俺が勝てるものは1つもなかった。 それでも、地味な俺を親友と言ってくれる浅井が好きで、誇らしかった。 だから、あの日俺は、親友のために闘った。せめてもの恩返しと願って。 名門校への推薦が取れた浅井は、いつにもまして上機嫌だった。そんな浅井を見ていると、まだ受験の真っ最中であったにも関わらず、俺は祝ってやりたくなって街へと繰り出した。そして、不良に絡まれた。 スポーツでは右に出るもののいなかった浅井とはいえ、3人相手では歯が立たなかった。這いつくばる浅井を見て、俺は咄嗟にその前へと踏み出した。 そこからの記憶は曖昧で、ただとにかく殴られ続けたのは覚えている。我慢強さに定評のある俺とはいえ、キツかった。だが、親友のためと思えば、膝が屈することは決してなかった。 そのうち、騒ぎを聞きつけた人たちが警察呼んで、全ては丸く収まった。はずだった。 理由はどうであれ、喧嘩をしたことで、スポーツ名門校への推薦を取り消された浅井は失意に暮れた。俺はただひたすらに謝ったが、彼が口にした言葉は、あまりにも意外だった。 ━━なんで助けた。 なんでお前が俺を助ける。逆だろう。お前はいつも俺の陰に隠れてればいいんだよ。無能なお前を、俺が構ってやる。ただそれだけで俺の株が上がるのに。なに余計なことしやがる。憲輔のくせに憲輔のくせにっ。 以来、浅井とは今日まで、一度も会話をしていなかった。同じ高校を受けたことも、入学式の当日まで知らなかったぐらいだ。 結局、浅井は俺を友達だと思っていなかったのか、自暴自棄になった結果なのか、それはわからない。今の今まで俺だってコイツを嫌っていたのだ。 どちらだろうと、今更変わらない。それでも、この会話はなにか、きっかけのようなもになる、そう思えた。 「い、一応言っとくけどな」 背を向けたまま、浅井が言う。声は上ずっている。 「俺は、まだ、あの子のこと、好き、だからな」 「あぁ、そういやそんなことを昔・・・」 ふと思い出す。河川敷、芝生の公園、夏、爽やかな風、くるみの誕生日。浅井がくるみのことを好きだと言い、くるみも頷いたあの日。 「よく覚えてんな、お前」 「俺は、本気だよっ」勢い良く振り向いた浅井は、顔を真っ赤に染めていた。 「くるみに言えよな、叶」 さりげなく言ったつもりだが、浅井・・・叶は呆気に捕られた顔をしていた。 一瞬の間が開き、笑う。 「わかってるよ、憲輔」 不器用でぎこちない光が、俺たちの世界に射す。 ほころびが、手には負えない大きさになっていることにも気付かないまま、俺は笑っていた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1954.html
659 :ラ・フェ・アンサングラント 【第一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/06(土) 00 07 43 ID N323y57t そこは、どこにでもある小さな町の酒場だった。 夕暮れ時だというのに、酒場の中には数人の客しかいなかった。 決して小さな店ではないが、客足は店の大きさに反して悪いようだ。 ―――― カラン、カラン……。 扉につけられた鈴が鳴り、新しく客が入って来たことを告げた。 「いらっしゃいませ……」 マスターが、店に入って来た青年の方を一瞬だけ向いて言った。 客には興味がないのか、それとも単にあれはあれで忙しいだけなのか。 青年がカウンターに座った後も、マスターは手にしたグラスを磨いているだけだった。 「あの……」 持っていた鞄を足元に置き、青年がマスターに言った。 癖のある金髪と、眼鏡の奥にある緑色の瞳。 貴族ではないようだったが、誠実そうな整った目鼻立ちをしていた。 「この店、初めてなんだけど……。 何か、お勧めはある?」 歳の割に、幼さの残る声だった。 それにも関わらず青年が大人びて見えるのは、すらりと伸びた背丈のせいだ。 血気盛んなだけの若者とは違う、どこか儚げな空気をまとっていることも一因である。 「お客さん、旅の人ですか?」 「えっ……? まあ、そんなところだね。 もっとも、何か目的があって旅をしているわけじゃないから、あまり誉められたものじゃないけど……」 「それは珍しいことですな。 こんな寒い季節に、目的もなく一人旅とは。 旅費を稼ぐのも、簡単ではないでしょうに……」 「一応、仕事の当てはあるよ。 こう見えても、僕は医者だからね。 ハライタに薬を飲ませるだけでも、その日に食べる分のパンを買うくらいにはなる」 「なるほど、お医者様でしたか。 旅をしながら病に伏せる方々を救うなど、なかなか殊勝なお考えですな」 青年の前に置かれたグラスに、マスターがボトルから酒を注ぎ込む。 グラスを受け取った青年は軽く会釈をすると、ゆっくりと味わうようにして最初の一杯を口にした。 660 :ラ・フェ・アンサングラント 【第一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/06(土) 00 09 01 ID N323y57t (酷い味だな、こりゃ……) 一瞬、顔を曇らせながら、青年は思わず心の中で呟いた。 旅先で、色々と質の悪い食べ物をつかまされたこともあったが、この酒は特に酷い。 香りはついているものの、消毒用のアルコールを薄めたような、口の中に後味の悪い苦みの残る味だ。 店の中を改めて見回すと、青年の他には数人の客しかいなかった。 どの客も、貧しい身なりをした中年の職人か老人である。 金がなく、酒に飢えている人間ならば、こんな酒場の酒でも酔えるのだろう。 (安いだけで、味は最低の店か……。 こいつは失敗したな……) グラスの中に半分ほど残された酒をにらみながら、青年はまたも心の中で言った。 こんな味では、店に客が数人しかいないのも頷ける。 わざわざ金を払ってまで、何度も通うような店ではない。 まだ、半分ほど酒は残っていたが、青年はグラスをカウンターに置いて立ち上がった。 コートのポケットから金をつかみ出すと、それをマスターに渡してそそくさと店を出る。 店の外に出た途端、冬の冷たい風が青年の肌を打った。 「……っ!!」 コートの襟を押さえ、身体を前屈みにして風を受け流す。 まずい酒を一口飲んだだけでは、身体は外の寒さに抗う程にまで温まっていなかった。 「くそっ……。 酒はまずいし、風は馬鹿みたいに冷たいし。 ちょっと気まぐれで帰ってきたら、これだもんな……」 誰に言うともなく、青年は街中を吹き抜ける風に向かって悪態をついた。 この街は、青年が生まれた場所でもある。 旅の間に随分と景観が変わったが、それでも街の空気までは変わらない。 冬になると街外れの丘から降りて来る、肌を刺すような冷たい風もそのままだ。 今日はもう、宿を見つけて休んだ方がいいかもしれない。 食事もまだだったが、質の悪い酒と意地悪な北風に毒されて、食欲などすっかり無くなってしまった。 噴水のある中央広場を抜けて、青年は商店街へと続く横道に入った。 昼間はバザーで賑わっているが、夜は閑散として人の影も見えない。 時折、餌を探す野良犬が、物欲しそうな目でこちらを見つめてくるだけである。 通りの外れまで歩いたところで、青年はふと賑やかな声が聞こえてくるのに気がついた。 こんな夜更けに、しかも商店街の外れで、いったい何事だろうか。 気になって声のする方に向かってみると、青年はその理由を直ぐに理解した。 661 :ラ・フェ・アンサングラント 【第一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/06(土) 00 10 32 ID N323y57t 声のしていた場所は、どこにでもあるような小さな宿場だった。 しかし、ただの宿場ではない。 一階が酒場になっているらしく、小さいながらも賑わっているようだった。 窓から零れる部屋の明かりと共に、時折、豪快な男達の笑い声が聞こえてくる。 「なるほどね。 さっきの店が流行らなかったのは、こっちにもっと良い店があったからか……」 こんなことなら、もう少し粘ってまともな酒場を探せばよかった。 そんなことも考えたが、どちらにせよ後の祭りである。 店の中から響く楽しげな声につられ、青年は無言のまま扉を開けた。 これ以上、外の風に当たりたくはなかったし、このまま宿なしで一晩を過ごすのもごめんだった。 「いらっしゃい!!」 扉を開くなり、店主の力強い声が青年を迎えた。 先ほどの店とは違い、活気があって好感が持てる。 「お兄さん、旅の人かい?」 まだ何も言っていないのに、店主の方から尋ねてきた。 青年は黙って頷くと、そのままカウンターに近づいて店主に問う。 「見たところ、ここの二階は宿場みたいですが……。 まだ、空いている部屋ってありますか?」 「空いている部屋ねぇ……。 悪いが、そいつは俺にはわかんねえな。 受付は二階にあるから、まずはそっちに行って聞いてくれよ」 「すいません。 初めて来たんで、勝手がよくわからなくて……」 「なあに、気にすんな。 そんなことより、お兄さんはいつまで泊まるんだい? 二、三日こっちにいるんなら、一度くらいは俺の店でも飲んで行ってくれよ」 「ええ。 それじゃあ、明日にでも寄らせていただきます。 部屋が、空いていればの話ですけどね」 青年が、店主に軽く会釈して言った。 そのまま店の奥に進んで行くと、二階へ通じる階段はすぐに見つかった。 ぎし、ぎし、という木の軋む音がして、青年の足が階段を上がって行く。 決して粗末な作りではないようだが、随分と年季の入った建物のようだった。 二階に上がると、そこは直ぐに受付のカウンターになっていた。 が、自分の他に誰もいないことが分かり、青年は訝しげに思いながらも声を上げる。 662 :ラ・フェ・アンサングラント 【第一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/06(土) 00 11 18 ID N323y57t 「あの……誰かいませんか?」 「はーい! 今、行きます!!」 受付の奥から女性の声がした。 宿の女将のものにしては、随分と若い。 ここで働いている女中のものだろうか。 「す、すいません! お待たせしました……」 部屋の奥から、エプロン姿の女性が息を切らしながら現れた。 胸元まで伸びた赤い髪を三つ編みにまとめ、仕事の邪魔にならないようにしている。 「あれ……」 受付に現れた女性を見た途端、青年の表情が驚いた時のそれに変化した。 それは女性の方も同様で、青年と目が合った瞬間、口元に手を当てて言葉を飲み込む。 「リディ……。 君なのか……?」 「えっ……。 も、もしかして……ジャン!?」 「ああ、そうだよ。 僕はジャンだ。 君の家の向かいに住んでいた、ジャン・ジャック・ジェラールだよ!!」 「嘘……どうして……」 「帰って来たんだよ。 ほんの、気まぐれみたいなものだけどね」 「ううん、嬉しいよ。 お帰りなさい、ジャン……」 受付に立つ女性の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。 だが、決して悲しかったからではない。 目の前で涙する女性に、青年は「大げさだなぁ……」と言って笑った。 互いに再開を喜ぶ二人だったが、心の奥底に抱いている感情までは、寸分違わず同じとは言い難かった。 663 :ラ・フェ・アンサングラント 【第一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/06(土) 00 13 04 ID N323y57t ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 部屋の中央に置かれた暖炉の火を眺めながら、ジャン・ジャック・ジェラールは旅の疲れを癒していた。 彼の目の前には、温かいシチューの入った皿がある。 スプーンですくって口に入れると、それだけで身体の芯から暖まる気がした。 外の冷たい風に当てられた身としては、とても嬉しいもてなしである。 「ごめんね、ジャン。 夕食っていっても、こんな物しかなくって……」 シチューの入った鍋を持ったまま、先ほど受付で合った女性がジャンに言った。 「いや、そんなことないよ。 相変わらず、この街は冬になると寒くてやってられないからね。 外の風に当てられたから、下手な酒なんかよりもよっぽど身体があったまる」 「そう言ってくれると嬉しいな。 でも、実はこれ、単なる賄い料理なんだけどね。 本当は、もっとちゃんとしたお料理を出したあげたかったんだけど……」 「賄いでこの味なのか? だったら、今度は是非、他のお客さんにも出している料理を食べさせてもらいたいかな」 「ええ、言われなくても喜んで」 シチューの入った鍋をテーブルに置き、その女性も自分の皿にシチューを入れて席に着いた。 夕食の時間は既に終わっていた。 そのため、今は二人で賄い料理のシチューを食べることしかできない。 もう少しマシな物を出したいというのが女性の本心だったが、ジャンは満足しているようだった。 「ところで……」 シチューを口に運ぶ手を休め、ジャンが目の前に座っている女性に尋ねた。 「リディは、どうしてこんな場所で宿を?」 「ああ、それね。 実は、ジャンが旅に出た後、お母さんが亡くなっちゃってね。 お父さんは飲んだくれで話にならないし、前の家を売っちゃったのよ。 大したお金にはならなかったけど、貯金もあったからね。 全財産を叩いて、このお店を買ったってわけ」 「全財産って……。 それ、随分な冒険だと思うけど……」 「どっちにしろ、あのまま飲んだくれ親父と一緒にいても仕方ないしね。 お店を買った後、お父さんも身体を壊して死んじゃったけど……あれは自業自得よ。 それに、一人で生きていかなきゃならなかったし、後のことなんて考えていられなかったわ」 「なるほどね。 でも、まさかリディが、宿屋の女将になってるなんて思っていなかったよ。 それも、女中も置かずに一人で経営しているなんて……昔からすれば、想像できない」 664 :ラ・フェ・アンサングラント 【第一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/06(土) 00 14 27 ID N323y57t 「そんな大したことじゃないわよ。 女将って呼ばれる程に貫録もないし、小さなボロ宿をなんとか切り盛りしているだけだから。 一階を酒場にして貸し出さなかったら、正直、暮らしていけないもの」 皮肉めいた笑いを浮かべて女性が言ったが、それは本心だった。 そんな彼女の気持ちを悟ったのか、ジャンもそれ以上は何も言わなかった。 リディ・ラングレー。 それが、ジャンの目の前にいる女性の名前である。 ジャンの幼馴染であり、この宿屋を経営している若女将だ。 ジャンがリディと別れたのは、もう十年以上前の話だった。 父親が仕事の関係で街を離れるに至り、ジャンもそれに同行する形で街を出た。 それ以来、ジャンは生まれ故郷の街に戻ってはいない。 今日、ここへ戻ってくるまでは、一度も故郷の土を踏んだことがなかった。 ジャンが故郷へ戻らなかったのは、一重に父親の存在が大きかった。 彼の父は優秀な医者だったが、同時に科学者としての飽くなき探求心も併せ持っていた。 どうすれば、患者をより楽に助けてやることができるのか。 不治の病と呼ばれる病気を、治す方法はないものか。 不老不死というものは、本当にこの世に存在するのか。 年を経るにつれ、ジャンの父親の探究心は異常な方向へと向かって行った。 最後は患者もそっちのけで、妙な研究に没頭するような日々が続いた。 終いには、魔術や錬金術といった妖しげな本まで持ち出して、人体実験紛いのことにまで手を出し始めたのである。 そんなことを続けていれば、当然のことながら生活は苦しくなる。 妻には早々に離縁を告げられ、さらには街の人間からも排斥された。 こと、妖しげな研究をしているという点をつかれ、教会の司祭を中心にジャンの父を煙たく思う人間が増えていった。 結局、ジャンと彼の父親は、街を離れざるを得なくなった。 放浪の旅を続けながら、医師としての知識を生かして旅先で病人を診察する。 そんな生活が、十年近くも続いた。 「ねえ、ジャン……」 自分もシチューを口に運びながらも、今度はリディがジャンに尋ねた。 「ジャンこそ、どうして急に帰って来たの? 今まで、連絡一つくれなかったのに……」 「それは……こいつのせいかな」 鞄の中から、ジャンが革袋を取り出した。 お世辞にも綺麗とは言えない袋で、ジャンが持ち上げると中から乾いた音がした。 「それ、何なの?」 「父さんの骨だよ。 こんなもの、食事中に見せて悪いと思うけど……父さん、旅先で死んじゃったからね。 街の人達からは嫌われていたけど、やっぱり生まれ故郷の土に帰してあげるのが正しいんじゃないかって思ってさ」 665 :ラ・フェ・アンサングラント 【第一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/06(土) 00 15 51 ID N323y57t 「そっか……。 ジャンのお父さんも、死んじゃったんだね……」 「別に、気を使ってもらわなくても構わないよ。 父さん、あれからも妙な研究を続けていてさ。 最後は自分を実験台に、不老不死の研究を始めたんだ。 それで、変な薬をたくさん飲んで、結局は中毒を起こして死んじゃった」 「はぁ……。 私の親父も馬鹿だったけど、ジャンも苦労したんだね……」 「まあね。 でも、父さんが持っていた医学書は、僕が有効に使わせてもらったよ。 後は、昔の父さんが診た患者の記録なんかを読んで……気がついたら、自分も父さんと同じ医者になってた」 最後の言葉は、乾いた笑みを浮かべて苦笑しながら言った。 ジャンにとって、父は尊敬の対象などではなかった。 自分の探究心を優先させたばかりに家庭を壊し、最後は医師としての務めも忘れて奇妙な実験に没頭していた。 はっきり言って、父は変人だったとジャンは思う。 これで世紀の大発見でもしていれば話は別だが、残念ながらジャンの父はその器ではなかった。 自分の欲望のために生活を、家族を犠牲にし、最後は患者までも犠牲にした。 そんな父に代わり、真っ当な医師であろうとすること。 ジャンが唾棄すべき父親と同じような医学の道を目指したのは、ある意味で必然だったのかもしれない。 父の骨を故郷に埋めようと思ったのも、息子として最低限の義務を果たそうとの考えからだった。 それ以外に、特に意味はない。 自分達を追放した街へ戻るのは気が引けたが、父の骨と一刻も早く別れたいと思うと、故郷の土を踏むのに躊躇いはなかった。 「ところで、リディ。 今日はもう、空いている部屋なんてないのかな。 実は、まだ今日の宿も見つかっていなくってさ……」 「なんだ、そうだったの? それじゃあ、今すぐ空いている部屋を案内するわ」 「そうしてくれると助かるよ。 とりあえず、寝床があればいい。 ベッドさえ用意してくれれば、後は自分で適当にやるさ」 「そういうわけにもいかないわよ。 夜はまだまだ冷え込むみたいだし、ちゃんと毛布を用意しないと風邪ひくわよ」 医者の不養生。 そんな言葉を言いたげに、リディは少々強めの口調でジャンに向かって言った。 666 :ラ・フェ・アンサングラント 【第一話】 ◆AJg91T1vXs :2010/11/06(土) 00 16 34 ID N323y57t 「それとも……」 あくまで気を使わせまいとするジャンに対し、リディが意地悪そうな笑みを浮かべる。 「なんだったら、私がジャンのことを暖めてあげようか?」 「なっ……!?」 ジャンの顔が、途端に赤くなった。 子どもの頃ならいざ知らず、大人となった今ではリディの言葉に男としての反応を隠しきれない。 そんなジャンの姿を見たリディは、笑いを堪え切れずに肩を震わせながら口元を押さえた。 「あはは、冗談よ。 ちょっと、からかってみたくなっただけ」 「勘弁してくれよ……。 君、そんな冗談言う人だったっけ……」 「なによ、それ。 でも、相手がジャンだったら、私は嫌じゃないけどね。 これは嘘でも冗談でもなくて、本当だよ」 「えっ……?」 呆気にとられた様子で、ジャンがリディのことを見た。 だが、リディはそれ以上何も言わずにシチューを平らげると、そのままジャンの部屋を用意するために食堂を離れて行った。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/26.html
273 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 03 42 ID HJTKs6Y5 「なぁ……もういいだろ。そろそろ離せよ」 隣に座ってくっついてくる如月更紗にそういうと、彼女はまーだだよー、とふざけたように 言って上目遣いに見てきた。どういう態度をとればいいかわからずに、僕はまた沈黙してしま う。それを確認して、如月更紗はうれしそうに笑ったまま、頭を僕の肩に乗せるようにしてく っついてくる。 そんなことが、かれこれ十数分も続いていた。 もっとも、正確な時間はわからない――今隣り合って座っている位置からだと校舎の時計は 見えないし、空を見上げても月と星ばかりで、時間の経過はわかりやしない。気のせい程度に 月が動いているだけだった。 夏の暑さに、夜風が心地いい。 如月更紗と触れ合ったところだけが、熱を持ったように暑くて……けど、それは不快じゃな かった。 不快じゃないんだけれど…… 何やってんだ僕、と思わなくもない。 冷静になって今の状況を客観視してみれば、真夜中の屋上でいちゃついているようにしか見 えない。こんなことをしにきたはずはないのだが、気づけばこうなっていた。 右手には、未だ魔術短剣を握っている。 これを手放すつもりはない――けれど、使う気もない。左手は如月更紗に絡めとられていて 動かすこともできない。屋上のフェンスにもたれかかるようにして、二人並んで座っている。 正面、離れたところにある入り口扉は沈黙を保っている。 夜は静かで、 僕ら二人の他には、誰もいない。 「離すのが嫌ならせめて話せよ……いい加減、わけがわからなくなってきた。そろそろ解決編 にはいってもいいころだろ」 「犯人は滅亡しました」 「またずいぶんと急展開だな!?」 「解決編、といわれてもね」 言って、如月更紗はすりよるように体を動かした。すぐ間近から、甘い香りがする。如月更 紗の香り。血のにおいでも、死のにおいでもない。生きている彼女のにおい。 そのにおいが、 触れたぬくもりが、 如月更紗が生きていると、伝えてくる。 生首じゃなくて――生きていると。 しばらく体をこすりつけ、居心地がいい場所を見つけたのか、如月更紗は動きを止めて言葉 を続けた。 274 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 04 35 ID HJTKs6Y5 「私としては困るのよ。解決するべき謎なんて一つとしてないのだから」 「お前にとってはそうかもしれないが、僕にはいろいろあるんだよ……」 「たとえば?」 「たとえば――」 言いかけて、僕は考える。 解決しなければならない謎は、本当に残っているのか? 僕は此処にきた時点で、此処にいる時点で、姉さんのことは振り切ったはずだ。姉さんの死 の真相も、姉さんを殺した三月ウサギのことも、すべてはもう関係ないはずだ。僕を慕ってく れていた神無志乃も、僕を必要としていた姉さんももういない。 残ったのは、僕と、如月更紗だけだ 如月更紗さえいれば――それでいい。 ……もういいんじゃないのか? 心の中にいる僕がひっそりとささやく。もういいんじゃないかと。ここで終わっていいんじ ゃないかと。ハッピーエンドと、ここでエンドマークをうってもいいんじゃないか。すべてを 捨てて、如月更紗といつまでもいつまでも幸せに生きました――それでいいじゃないか、何が 悪い。 何もかもが悪い。 ささやいてくる自分自身に突っ込みをいれる。何が悪いって、悪いに決まってる。ハッピー エンドなんて冗談じゃない。 終わるときは――死ぬときだ。 まだ、終わるわけにはいかない。 終わることを、僕は選ばなかった。 続くことを、選んだのだから。 如月更紗と、共に。 「……如月更紗。ハッピーエンドとまではいわなくても、そろそろ何も問題なくハッピーって 言い切ってもいいものなのか?」 言葉を選んだ僕の問いに、如月更紗ははっきりときっぱりとただの一言で返答した。 「無理」 「またあっさりと切り捨てたな!?」 「それは無理なのよ冬継くん――そうとも無理なのさ冬継くん。何も問題がないというには 、問題がありすぎる」 「…………」 問題が――ありすぎる。 解決編には、まだ遠い。 如月更紗の言葉を、ゆっくりと、ゆっくりと心中で咀嚼する。問題。問題が残っている。い ったいどんな問題が残っている? もはや、姉さんも、三月ウサギも、関係ない。狂気倶楽部 との接点は―― ――狂気倶楽部。 275 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 05 37 ID HJTKs6Y5 「……あ」 「思い出したかい?」 横からささやく如月更紗の声には、どこかいたずらめいた響きがあった。最初からわかって いて言わなかったに違いない。如月更紗とはそういう奴だ。 畜生。 「そういや……そんな問題がまだ残ってたな」 「そうとも、そうだとも冬継くん。私はこの屋上で、最初に、こういったはずよ――貴方は命 を狙われている、と」 そうだ。 そうだったのだ。 いくら姉さんのことをきっぱりと振り切ったからといって――そんなこととは関係なく、僕 は既に狂気倶楽部からマークされているのだった。だからこそ如月更紗は僕を守るといったの だし、だからこそ―― あの夜に。 白い服を着た少女に、殺されかけたのだから。 チェシャ。 アリス。 裁罪の、アリス。 狂気倶楽部にとっての切り札。『なかったこと』にするために、『終わらせる』ためにやっ てくる、容赦のない殺人鬼。 「あの夜、お前が助けてくれなかったら……僕は首をはねられて死んでたんだろうな」 「猫は首だけになっても死なないそうよ」 「僕はそんな不思議人間じゃないんだ……」 白いドレスを身にまとった殺人鬼。僕の命を狙う彼女。 それが、まだ残っていた。 いや――それだけじゃない。 「それに、神無志乃を殺した、お前の『姉』もいるんだったな……」 そうだ。 如月更紗のふりをして、神無志乃の首をはねたあの女が。如月更紗と同じ顔をし、同じ体躯 をもつ双子の姉妹。 許すわけには、いかない相手。 けれど、隣から帰ってきたのは予想外の反応だった。如月更紗は僕につっついたままわずか に首をかしげ 「…………ん?」 と、不可思議そうにつぶやいた。 心底不思議そうな、納得のいっていないつぶやきだった。そんな反応がどうして帰ってくる のかがわからない。僕は思わず如月更紗のほうを向いて、 目があった。 如月更紗も、僕を見ていた。大きな瞳にまっすぐに見据えられて、吸い込まれてしまいそう な錯覚を覚える。瞳に、夜の星が映っていた。 揺るぐことなく、 如月更紗が、僕を見ている。 276 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 06 44 ID HJTKs6Y5 「冬継くん」 「なんだよ」 「ひょっとしてひょっとしてひょっとしてとは思うのだけれど」 「だから、なんだよ」 再度問いかける僕に対し、如月更紗は、僕を見たまま、恐る恐ると言った風に言う。 「私、話していなかったかしら?」 嫌な予感がした。 半端なく嫌な予感がした。 次に如月更紗の口から測れる言葉は、心底ろくでもない言葉に違いないという確信があった 。そしてその確信を肯定するかのように、如月更紗は僕を見つめたまま、どこか投げやりに、 あっさりと。 「私の姉さんが、裁罪のアリスだということを」 寝言に耳を、ぶちまけた。 「……………………ナニソレ」 「…………」 「……おい」 「…………」 「初耳だぞ、それ」 「…………」 「まったくもって聞いてなかったぞ僕はそんな大切なことを今まで一度たりとも!」 「星がきれいね、冬継くん」 「あからさまに話をそらしてんじゃねえ! どうしてそんな大事なことをお前は話してないん だよ!?」 「だって」 如月更紗はすねたような顔をして、遠くに視線をそらして、ほうり捨てるように言った。 「冬継くんが私を置いて愛人のもとに逃げたからよ」 「愛人!? 誰だそれは!?」 「ラ・マンと言ったほうがいいかしら」 「誰も呼び名を変えろとは言ってねえ!」 もしかしなくても神無志乃のことか。 そういえば……あの夜は話の途中で神無佐奈さんがきて、肝心の会話は途中で途切れたんだ ったか。もしあの件さえなければ、確かに如月更紗はゆっくりと話せていたのかもしれないが …… その後も監禁されたり逃げたりで、まともに話すどころか、あってすらないからな、僕ら。 仕方がない……のか。 致命的な仕方なさだけれど。 277 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 07 54 ID HJTKs6Y5 「頼むから如月更紗、僕にもわかるように初めから順序立てて話してくれ。正直僕は、お前ほ ど狂気倶楽部に詳しいわけじゃないんだ」 さぐったといっても、基本的に秘密主義な集まりだから、そこまで深くはわからなかったん だよな……そもそも『そういう集まりがある』というところにたどり着くほうが大変だったの だ。 それでも。 裁罪のアリスの噂は――聞いていた。都市伝説のような、まがまがしいものとして。どこま でが本当でどこからが嘘かなんてわからないけれど、それがろくでもないものであることだけ はわかる。 …………。 そんなモノに命を狙われてるって、どこまで悲惨なんだろうな、僕。 「そこまで難しい話ではないのよ、冬継くん。裁罪のアリスというのはね」 勝手にへこんで いる僕に対して、如月更紗はいつものように朗々と、謡うような言葉で言った。 「誰か個人のことを指すのではなく、裁罪するモノのことを――『アリス』と呼ぶのよ」 狂気倶楽部の、秘密を。 「…………裁罪する、モノ?」 どういうことだろう――それは。 個人を指すのではない。 狂気倶楽部とは、つまるところごっこ遊びではなかったのか。 困惑する僕に対し、如月更紗はすりよったまま、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと話 し出す。 「冬継くんのお姉さんが三月ウサギであったように、私がマッド・ハンターであるように、私 の姉さんが白の女王であるように――狂気倶楽部は、誰もが役割を演じている。童話にそって 、物語にそって」 「それは――知ってる」 そこまでは知っている。物語の登場人物になぞらえて二つ名を騙り、狂った物語を語る。そ れこそがお茶会であり、狂気倶楽部なのだと僕は知っている。 そこまでは、いい。 問題はそこからだ。 「お前の言葉だと……同じようにいるんじゃないのか、『アリス』を演じてる人が」 アリス。 不思議の国のアリス。 永遠の、少女。 それこそ、狂気倶楽部のような集団では人気すぎる、役柄の取り合いがおきてもおかしくは ない『役』だとは思うのだが。 ……そういえば、三月ウサギもマッド・ハンターも、(厳密には鏡の国ではあるものの)ハ ンプティ・ダンプティや白の女王も、アリスの登場人物なのか。 物語。 お茶会。 符丁なのか……偶然なのか。「お茶会」だからこそ、姉さんはマッド・ハンターである如月 更紗は仲がよかったのかもしれない。 278 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 18 00 ID HJTKs6Y5 「初めはいたわ、始まりはいたのよ――ただし、永久欠番となったけれど」 「…………」 「その代わりに、都市伝説として『裁罪のアリス』という人物が物語れた。そして狂気倶楽部 の人間は、誰かの罪を裁くとき――役柄をアリスへと代えるのよ」 「なんとなく……わかった」 裁罪のアリスなんて「人物」は存在しない。 その代わりに、狂気倶楽部の人間は誰もが裁罪のアリスになることができる。いや――なる ときがある。 罪を裁くとき。 狂気倶楽部にとって不利益な誰かを殺すときに、彼らは/彼女たちは、アリスを名乗るのだ。 ・・・・・・・・・・・・・ 物語を終わらせるものとして。 だからこその、都市伝説。 たとえば、如月更紗の姉が、白の女王であると同時に『裁罪のアリス』でもあるのだ―― 「って、ちょっと待った」 「……?」 いきなり話をぶったぎった僕に対し、如月更紗は目を丸くする。その表情はちょっとかわい かったが、今はそんなことを考えている場合ではない。 「まさか、あの夜に僕を襲ったのって」 「そうだよ」 あっさりと。 如月更紗は、肯定した。 「白いドレスに身をまとった首撥ね女王――白の女王陛下。そしてあの時は同時に『裁罪のア リス』として冬継くんを殺しにきたのは、私の姉さんだよ」 「…………」 本当にろくでもない回答が帰ってきた…… あのときに一言でもいってくれれば、あとの展開が楽だったのに……ああでも、やっぱりあ のときにもそんな余裕はなかったし…… 否。 そもそも、向こう側が気づかれないようにしていたのか。たぶん、『白の女王』は、はじめ からすりかわるつもりだったのだろう。そのために、できるかぎり言葉をしゃべらず、如月更 紗と同一の顔を隠していた。 伏線は、いろいろ張っていたわけだ。 たぶん……姉さんのことをふっきらなければ。如月更紗の家にいかなければ。この屋上にく ることなく、図書館に向かっていれば。 僕は――その伏線にひっかかっていた。 その果てにどうなっていたのかは、考えたくはない。考える必要も、ないだろう。今、僕は こうして屋上にいるのだから。回りくどい白の女王の計画は、終えたと考えてもいいはずだ。 ただ一点。 彼女が何のためにそんなことをするのかが、わからないけれど。 279 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 18 43 ID HJTKs6Y5 「姉さんは」 僕の疑問を読み取ったかのように、如月更紗はぽつりと、 「私のことを壊したいほどに好きで、殺したいほどに嫌っているから」 その声は。 聞いたこともないくらいに――弱弱しい声だった。力のない、今にも消えてしまいそうな声。 それは、たぶん。 その言葉は、他の誰でもない、如月更紗の本音だったのだろう。 双子の姉妹。 双子の、狂気倶楽部。 彼女たちの間に何があったのか、僕は知らない。それは立ち入れることではないし、決して 立ち入っていいことではないはずだ。 それはまた、別のお話。 そういうことなのだろう。 「……つまり、ただの嫌がらせか」 茶化すように僕が話をまぜっかえすと、同じように如月更紗は唇の端をつりあげて、からか うように答えた。 「そうね。妹によりつく悪い虫を――いじめたかったのだろうね」 …………。 悪い虫、か。 アリスにはそういえば、芋虫とかもでてきたな。 妹への嫉妬、か。妹へとよりつく相手の。妹がよりつく相手の。妹が幸せも許せないし妹が 不幸でも許せない。 かけら。 ハンプティと、ダンプティ。 「……なあ、如月更紗」 「なぁに、冬継くん」 「お前のその話聞いてると……お前があの屋上で近づいてこなかったら、僕は平穏だったんじ ゃないのか?」 いってからそうでもないことに気づく。如月更紗がこようとこまいと、『裁罪のアリス』は 襲ってきていたはずだ。ただその中身が、白の女王……如月更紗の姉でないというだけで。そ ういう意味では、アリスに狙われていることをはっきりとしてくれた分だけ、如月更紗がきて くれてよかったというべきなのだろうか。 いや……それでも。 白の女王がこなければ、神無志乃は死ななくてすんだはずだ。 けれど。 如月更紗がこなければ、僕は、如月更紗と出会うことはなかった。 どちらなんて、選べない。 どちらかを――選ぶしかない。 はじめから。 如月更紗も、神無志乃も、姉さんもだなんて……そんなことが、できるはずが、なかったのだ。 僕は立派な人間でも、 真人間でもないから。 抱えることができる相手なんて――一人で精一杯だ。 手をつないで、 寄りかかって歩いていくことしか、できない。 280 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 19 26 ID HJTKs6Y5 「そうでもないよ。姉さんがこなくても、他のアリスがきていただろうし。そもそも――」 案の定、如月更紗はそういって。 それから、 今までとはがらりと表情をかえて。 僕を見上げて、こういった。 「私もまた、裁罪のアリスなんだよ、冬継くん。君を殺すように命令された――ね」 …………。 右手には、魔術短剣を握ったままで。 左手は、如月更紗につかまれていて。 二人の他には、誰もいない。 僕と、 彼女の、 二人だけだ。 だから僕は、いつものように「へぇ」とだけ頷いた。如月更紗は目を細め、 「……驚かないのかい?」 「そんなことだろうとは」僕はため息を吐いた。「思ってはいたんだよ」 チェスのポーンがクイーンになるように。 狂気倶楽部の誰もが裁罪のアリスに成るというのならば。 如月更紗がそうであたっとしても、おかしくはない。 それだけのことだ。 「……逃げないのかい? 私は、君を殺すためにいるかもしれないのに」 「お前な」 僕はもう一度、深々とため息を吐いた。 なんというか……今更馬鹿みたいな話だけど、実感した。如月更紗は、如月更紗なのだ。 なぜって。 そんな物騒なことを言う如月更紗の顔は――にやにやと、にやにやにやと、とても楽しそう に笑っていたから。 「お前が僕を守るって言ったんだろ……あの言葉を、嘘だなんて思えねえよ」 それに、殺すだけなら、いつでもできたはずだ。 否――そんな理屈はおいといて。 如月更紗がそんなことをするはずないだろうと思う程度には、僕はもう、こいつに入れ込ん でいたのだ。 そうでなければ、今、此処にはいない。 「そういってくれて」 僕の言葉に如月更紗は、僕に抱きつくようにしたまま、器用にも肩をすくめた。 「私はうれしいかぎりだよ」 その言葉に――きっと、嘘はないのだろう。 如月更紗は、僕を好きだといっていた。 彼女が僕を好きでいてくれて、守るためにそばにいてくれている。 それだけは――もう疑うことが、できるはずもない。 「なあ、如月更紗」 僕は再び、彼女に問いかける。 ふと、疑問に思ったのだ。 如月更紗は、僕を好きだといってくれた。 それはいったいいつから、そしてどうしてなのだろうと――そんな、普通な学生同士のような 質問をしたくなったのだ。 けれど。 その質問をする機会は、永遠に失われた。 281 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 20 16 ID HJTKs6Y5 かつん、と。 音一つない夜の屋上に――音が響いたからだ。 「…………」 「…………」 かつん。 かつん。 かつん。 気のせいではなかった。僕と如月更紗は声を殺し、音を殺し、耳をすます。かつん、かつん 、かつん。上ってきている。音は屋上と校舎を区切る扉の向こうから聞こえてきていた。かつ ん、かつん。上ってきるのだ。 誰かが、屋上に来ようとしている。 誰か。 考えるまでもなかった。この状況で、屋上を訪れるのが、他にいるはずもない。 かつん。 音を聞きながら、如月更紗が体をよせ、そっと耳に唇を近づけてささやいた。 「決着の時間さ、幕引きの時間だよ。いつまでも冬継くんがこないので、しびれをきらしたの だろうね」 そうか、と僕は今更ながらに納得する。如月更紗が動かなかったのはこのためか。 向こうから、きてもらうために。 もともとこの場所を指定したのは白の女王なのだ――なら当然のように、僕を殺すために何 らかの罠があってもおかしくない。そうでなくとも、明かりのない夜の校舎を歩くには危険すぎる。 そのアドバンテージをなくすために、屋上で待ち構えていたのか。 相手が痺れをきらして、校舎中を探し出すまで。 あるいは、如月更紗が此処にいることだけは知っていて、やってきたのかもしれない。 どちらにせよ―― 決着のときだ。 僕は右手に握る魔術短剣を、強く強く強く握り締める。 これが、最後なのだ。 決着をつけなくてはならない。今更のように、僕は覚悟を決める。その結果――たとえ人を 殺すことになったとしても。この町を永遠に離れることになったとしても。 彼女を――打倒する。 僕は如月更紗に、言いいたいことがあるのだから。 282 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08 21 04 ID HJTKs6Y5 かつん、かつん、かつん。 かつ。 音が、途切れた。 気配がある――それは気のせいなのかもしれないけれど、たしかに気配があった。 扉の向こうに、誰かがいる。 そっと、僕は如月更紗を抱きかかえたままに、立ち上がる。如月更紗もまた、僕に身を寄り 寄せたままにたち、左手でキャリーケースをひきよせた。 どくん、と。 僕か如月更紗の心臓の音が、聞こえたような気がした。 その音を掻き消すようにして。 ――ぎぃ、と。 扉のノブが――回った。 「ほぉら、ほぉら、見てごらん――アリスがやってくる。お茶会を終わらせるために」 そうして。 如月更紗の言葉に答えるようにして――ノブが回りきる。一拍の間をおいて、重い鉄扉がゆ っくりと、ゆっくりと、ゆっくりと開いていく。 扉が、開いていく。 その向こうには。 暗い校舎から、ゆっくりと、月明かりに照らされていくそこには。 「…………白の、女王――」 如月更紗とまったく同一の、顔。 あの時、あの夜に見た、神無志乃の首を跳ね飛ばしたあの顔が、そこにあった。変わること のない表情を浮かべて、月明かりの中、その顔が、 ・・・・ ・・・・・・・・・・・・・ その首が、すとんと地面に落ちて撥ねた。 続く
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1847.html
712 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 22 48 ID FVc3vYTG 空の色がすっかりオレンジ色に染まった頃。 時間で言えば、5時を少し回った辺りだろうか。 体育館裏の倉庫で荷物の出し入れを行っていた俺は、ふと空を見上げながら思った。 (きれいな夕暮れだな……) 特段、夕暮れを見る事が少ないわけではない。 だが、普段放課後にはさっさと帰宅する自分にとって、学校にいながら見る夕暮れというのは、なんだか別のもののように思えた。 ホームルームが終了し、各々が鞄を手に教室を出ていく中、それに倣い帰ろうとする自分を、担任兼体育教師の森井直弥が引きとめた。 「おい、榊原」 「えーと……、何ですか?」 「お前、これから何か用事があるか? なければ手伝いを頼まれてほしいんだが……」 「今日は特に急ぎの用もありませんし、いいですよ」 「すまんな。あいにく他に暇そうな奴もいないし……じゃあついてきてくれ」 そんなやり取りがあり、自分は担任と供に体育倉庫の整理を行うことになった。 本当ならば、放課後に学校に居残ることなどしたくはないのだが、それもこのクラスでは仕方のないことだ。 自分が通っているこの学校は、普通校ながら、全員部活制という制度を取っている。 その内容は、高校入学後の4月末までに、必ずどこかの部活に入部しなければいけないというもの。 そのため、この学校の全校生徒は、基本どこかの部活に所属していなければいけないことになるのだが、俺はこれを「一人暮らしのため」という理由で断っている。 そう、俺はどこの部活にも所属していない帰宅部であり、クラスでそれは俺一人なのだ。 ただ、その全員部活制が強要されるのはあくまで最初だけだ。 入った部活を、「性に合わない」などといった理由で退部する生徒は何人もいて、自分のように理由があるわけでもなく、無所属の連中は何人もいる。 だが、残念なことに、クラスの中にはそういった生徒はいない。 結局、白羽の矢は自分に立ってしまうことになるのだ。 713 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 25 15 ID FVc3vYTG 「もう5時過ぎか……。粗方整理は終わったし、後は先生がやるから、お前は帰っていいぞ。今日はありがとうな」 「いえいえ。それでは自分はこれで」 夕焼け空を見上げつつ作業をしていると、先生から帰っていいというお達しが出た。 この場はその言葉に甘え、倉庫を後にする。 (案外早く終わったな。帰ったら何しよう……) そんな事を考えながら、校舎へと続く外廊下を歩く。 廊下にもやはり夕陽は差し込んでいて、部活動中なのだろう、生徒達の声も木霊してくる。 放課後であれば当たり前なのだろうその光景に、何故か気分が高揚していくのを感じる。 俺は、祭りを外から眺めるのが好きだ。 祭りの中心に行って盛り上げようとするでもなく、盛り上がりにまざろうとするでもなく、ただ外から眺めて満足するだけ。 昔から目立つのを避けて生きてきた為に身に付いてしまった、ある意味自分にとって仕方のない楽しみ方だった。 この場においても、放課後に部活動に励む生徒達を遠くから眺めるという自分の行動に、多少酔ってしまった部分があるのかもしれなかった。 そして、そんな事を考えながら歩いていた時だ。 彼女と初めて出会ったのは。 714 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 27 40 ID FVc3vYTG 外廊下の途中に、三人の男女がいる。 内二人は男子で、ブレザーのネクタイの色から同学年である事が分かる。 知った顔ではないので、別のクラスの生徒なのだろう。 そして、残りの一人が女子で、リボンの色からやはり同学年である事が分かる、のだが……。 俺の目はそんなものよりも、その子の髪に釘付けになっていた。 腰まで届くほどの長さを誇るその髪は、赤みがかった黒色をしていた。 地毛としても、校則という規則からしても有るまじき色だ。 しかし、俺はそれを純粋に綺麗だと思った。 それに、その女の子からは親近感というか、自分に近いような何かを感じる。 気がつけば俺の足は一歩を踏み出し、その方向は彼らの方へと向いていた。 (こういうのはあまり柄じゃないんだけど……) 本来、自分はこんな他人の間へ割って入る事などしない。 自分の存在が目立つ事へ繋がるような行為は、俺は極力避けてきたからだ。 でも、その事を振り切ってしまうぐらいに、何故か彼女の存在を、俺は酷く放っておけなかった。 歩きながら、改めて三人の状況を確認する。 男子生徒二人は、女の子を囲んで口々に話しかけている。 だが、女の子の方は俯いていて、二人の話に反応している様子はない。 そんな彼女の反応に対して、男子生徒二人は顔を曇らせている。 どうやら、楽しくお喋りをしているというわけではないようだ。 だが、かと言って、いじめがなされているような険呑な雰囲気でもない。 とはいえ、彼らを取り巻く空気が良いものであるとも思えなかった。 (何にせよ、事は穏便に済ませないと……) そう思い、俺は男子生徒二人に声をかけた。 715 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 29 48 ID FVc3vYTG 「あの、ちょっといいかな」 「ん?」 俺の声を受けて、男子生徒二人はこちらを振り向く。 自分に近い場所にいる男子は、こちらの姿を一瞥すると、もう一人に小声で話しかけた。 「お前の知ってる奴か?」 「いや、僕も知らない」 そう返事を受けると、改めてこちらを見遣り、話しかけてくる。 「なんだよ。こっちはあまり暇じゃないんだけど」 「えーと、特にそちらのやり取りに口を挟むつもりはないんだけど……」 そう前置きし、話を続ける。 「俺さっきまで森井先生を手伝って、体育倉庫の整理をやってたんだ。もう後は片づけと戸締りだけだったし、そろそろこっちに来るんじゃないかな」 「まじかよ」 二人は顔を青くする。 それもそうだろう。 森井先生は絵に描いたような熱血教師で、規則にも厳しく、多くの生徒から恐れられている。 今の彼らの状況は、周りから見ていてあまり良い気のしないものだし、声をかけられるのは確実だろう。 例えやっていることが悪い事でなくても、先生に見つからないに越したことはない。 「仕方ねえ、今日はもう帰るぞ」 「う、うん」 「じゃあな、蕗乃」 少し慌てながらも彼女に一声かけると、二人は手早く帰って行った。 「…………」 自分と『蕗乃』と呼ばれた彼女が残り、その場を沈黙だけが支配する。 蕗乃は顔を上げてこちらを見ていて、今はその全体像を確認する事ができる。 先程は俯いていて見えなかった顔は、その小柄な体に似合う、可愛らしいものだった。 それでいて、服の上から見ても分かるぐらいにスタイルは良く、美少女と評価しても申し分ないくらいだ。 (おっと、いつまでも見てるわけにはいかないな) そう思い直し、蕗乃に声をかけようする。 「えっと……」 だが、続く言葉が出てこない。 こんな時にどう言葉を掛けてよいか分からないうえ、そもそも自分は女子と話す事さえ少なかった。 どうしようという焦りが頭の中をぐるぐると回り、余計に何も浮かんでこない。 そんな折、先に言葉を発したのは蕗乃の方だった。 「助けてくれたことに関してはお礼を言います。ありがとうございました。でも…………私には、あまり関わらないで下さい」 言葉ほどにはとがっていない、弱々しい口調でそう言うと、蕗乃は踵を返して校舎へと去って行った。 (拒絶、されたんだよな。じゃあなんで……) 振り返り際の彼女の顔を、俺は確かに見ていた。 (なんで、あんなに悲しそうな顔をしてたんだろう) 716 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 34 55 ID FVc3vYTG 翌日の昼休み。 昼食のパンを購買で買い終えた俺は、教室への帰り道、昨日の男子生徒二人と廊下で出くわした。 「お前は昨日の……」 「や、やあ」 相手の言葉に対し、ぎこちない返事を返す。 まさか、昨日の今日で出くわすとは思ってもいなかった。 (さて、何を話したものか) そんな事を考えていると、あちらの方から先に話しかけてきた。 「お前って、蕗乃と付き合ってんのか? それとも、友達か何かか?」 思ってもいなかった問いが投げかけられる。 何故そんな事を聞かれるのだろうか。 (昨日仲裁役みたいなのをやったからかな? だとしても安直な考えだとは思うけど) 「いや、そんな事はないし、彼女と会うのは昨日が初めてだけど」 「まあそうだよな、あいつに彼氏なんているわけないか。そもそも、友達すらいないだろうしな」 「そうだね」 自分に話しかけてきた気の強そうな方は、詰まらなそうな顔でもう一人の線の細い方に話しかける。 (『友達すらいないだろうしな』か。とすると、昨日の事もそれに関係するのかな……) 本来ならば、関係のない自分が立ち入っていい事ではないかもしれない。 だが、 (彼女のあんな表情見たら……) 立ち入らずには、いられなかった。 「あのー、差支えなければ、昨日何の話をしていたか教えてもらってもいいかな?」 自分の言葉を聞くと、二人は顔を見合わせた。 「他のクラスの奴には関係のないことだけど、まあ隠しておく事でもないか」 「そうだね。うちのクラスの皆は知ってることだし、後々の事を考えたら、別に言っておいても悪い事ではないと思うよ」 そして、気の強そうな方が話を始める。 「あいつ、名前は『蕗乃火乃花(ふきのほのか)』って言うんだけど、入学当初から今まで、クラスの奴らと関わろうとしたことが全くないんだよ。大概どのクラスにもいつも一人でいる奴っていると思うんだが、蕗乃と比べたら全然ましだ。」 今までの事を思い出しているのか、一拍おいてから話を続ける。 「授業では自分から発表することなんかしないし、同じくクラスの話し合いとかで進んで意見する事もない。クラス委員と係りも、最後まで余ったどうでもいいような奴をやってる。それぐらいならいいんだよ、俺もそんなもんだし。だけどあいつは……」 「ほら、クラスの皆で頑張らなきゃいけない行事とかあるでしょ。文化祭のクラスでの催し物とかさ。蕗乃さんってそういうの全然やってくれようとしないんだ。僕ってクラス委員長やってるんだけど、そういうことがあるたびに蕗乃さんに言い聞かせなくちゃいけなくてさ」 苦笑しながら、線の細い方が言う。 昨日の様子から見ても、その結果は芳しくなかったのだろう。 「一人でやる仕事は真面目にやるんだけどな、皆でやる事になるとすぐ逃げ出すんだよ。昨日はいい加減その態度を改めてほしくて放課後呼び出したんだ」 「2年への進級、まあつまりクラス替えを再来月に控えた今になって言うのもどうかと思ったんだけど、今後の事を考えれば、むしろ今の方が彼女の為でしょ」 「なるほど……」 話は納得できた。 717 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 37 49 ID FVc3vYTG だが、となると昨日の自分の行動は、彼らにとって邪魔なものだったのではないだろうか。 「じゃあ、昨日は俺邪魔な事を……」 「いや、別にいいんだよ。そこまで期待してたわけじゃないし、実際あの結果だしね」 「ああ。それに森井に目を付けられても厄介だしな」 「それならよかった」 二人の返事にほっとしつつ、今の話から蕗乃火乃花について考える。 蕗乃と俺は、ある意味似ていた。 自分も、クラスでは割りと一人でいる事が多い。 彼女は人との接触を拒むことによって、自分一人でいる空間を多く作ろうとしているようだ。 それに対し自分は、目立つ行動をせず、話しかけられる機会を極力減らす事で、人と親密になる事を避けている。 どちらも、人との関わり合いを避けているのだ。 だが、蕗乃と俺が似ているのはそこまでだ。 俺は蕗乃ほど徹底してはいない。 クラスで積極的な行動こそしないが、クラス行事では目立たないながらも皆でやる事にはちゃんと従事している。 それに、少ないながらもクラスの連中たちとは話もする。 唯一人ではあるが、親友と呼べる者も存在する。 蕗乃と俺とでは、社交性という部分で大分やり方が違ったのだ。 ただ、それでも、その根底にあるものは一緒なのだろう。 そんな事を、何の根拠もないというのに、俺は納得してしまった。 「なあ、それよりもよぉ」 気の強そうな方が、俺の頭を指さしながら言う。 「昨日初めて会ったときから気になってたんだが、それって……」 蕗乃の話の最中から、二人の視線は時折自分の頭の方へ向いていた。 恐らく、尋ねたくてたまらなかったのだろう。 「ああ、これは――」 俺は何の事もなく、いつものようにその問いに答えた。 次の日。 昼休みの来訪を告げるチャイムが鳴り響いてから、既に5分ほどが経過した。 教室の中では既に大半の生徒が弁当を広げ、昼食を取っている。 自分はというと、昼食をどうするかという問題で、一人思案していた。 昨日と違い、弁当はある。 冷凍食品ばかりを詰め込んだ、非常に雑な弁当ではあるが。 問題は、一緒に昼食をとる相手がいないことだ。 小学校来からの友人であり、いつも食事を供にしている『小笠原博人』は、今は教室に居ない。 博人は部活動無所属の自分と違い、弓道部に所属している。 今日は部のミーティングがあるので、昼食を一緒にとれないとの事だった。 こういった事は今回が初めてではなく、今まではその度に教室で一人で食事をとっていた。 だが、今回は場が悪かった。 教室の隅の方に席があれば問題はなかったのだが、2月の頭に行われた席替えで、自分は見事に教室のど真ん中の席を獲得してしまったのだ。 これでは、周りがうるさいうえに、非常に肩身の狭い思いをしながら食事をしなければいけない。 かと言って、博人の他に気軽に食事を供に出来る相手は居ない。 (どうしたもんかな……。あ、そうだ) 思案の末、一つのアイデアが思い浮かぶ。 俺は弁当の入った鞄を担ぐと、そのまま教室を後にした。 目指すのは、校舎裏だ。 718 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 40 25 ID FVc3vYTG 自分が通うこの学校の校舎は、H字型に建っており、一方はグラウンドを挟んで校門と面していて、もう一方はちょっとした林と面している。 林と面している方は、そこからは外との通り抜けが出来ないので、もっぱらそこが校舎裏らと呼ばれていた。 外で昼食をとる時に使われる場所は、大体が校舎と校舎に挟まれた中庭だ。 校舎裏にも一応食事スペースはあるのだが、そこはほとんど使われていない。 林に面したその場所は、中庭ほど広くなく、更には木々や植物が多いせいか、年中じめっとしている。 その陰気な雰囲気が、多くの生徒には受けていないらしい。 そのため、昼休みを除いても、校舎裏には人が居ないのが常だった。 とはいえ、冬真っ盛りの今の季節では、中庭ですらそう人は居ない。 そして、校舎裏ならば輪をかけて誰も居ない筈だ。 この寒さの中外に出るのは多少辛い部分もあるが、以前から校舎裏のような静かで緑に囲まれた場所で、一人で食事をとるということをやってみたいと思っていた。 今がその絶好のチャンスなのだ。 一階の廊下を進み、外廊下へつながる扉を開く。 「……寒い」 外から冷え切った空気が入ってくる。 おもわず外へ出るのを躊躇ってしまうが、流石にここまで来ておいて引き返すわけにもいかない。 幸いにも今日は風が吹いていないので、幾分寒くはないだろう。 歩みを再開し、外廊下を進む。 ここを数メートル進めば、そこはもう校舎裏で、すぐそばにベンチが一つある筈だ。 今日はそこで昼食としよう。 そう考えながら、校舎裏へと辿り着いたとき、 「あっ……」 そこには、思わぬ先客が居た。 彼女はベンチの真ん中に腰を下ろし、膝の上に弁当を広げ昼食を取っていた。 寒さ対策なのか白いコートを着ていて、その白さ故、腰まで伸びる赤みがかった髪が綺麗に映えている。 それはまるで、雪上に落ちた赤い椿の花のようだった。 そう、蕗乃火乃花が居たのだ。 「あなたは……」 蕗乃も自分に気付き、箸を止める。 そして、一昨日に続き、またも沈黙が流れる。 非常に気まずい。 (これは、帰った方がいいのかな。でも、今さら戻るのもなぁ……) そう思った俺は、思い切って蕗乃にある提案を出した。 「あの、良かったら弁当一緒に食べてもいいかな?」 「えっ……」 精一杯の笑顔で、そう申し出る。 恐らく、蕗乃の目にはぎこちない笑みを浮かべる俺の顔が映っていることだろう。 そんな俺を見る蕗乃の表情は、驚きに満ちていた。 それもそうだろう。 大して知りもしないような男に、いきなりこんな事を言われたのだから。 だが、しばらく考えている様子を見せた蕗乃は「隣で良ければ」と言い、ベンチの端の方へと体をずらした。 「あ、ありがとう」 こちらも、ベンチの端へ腰を下ろす。 自分が弁当を鞄から取り出し、食事を始めるのを見届けた蕗乃は、ようやく食事を再開した。 719 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 42 48 ID FVc3vYTG 寒さの所為だけじゃない、緊張の所為も相まって、箸の動きがぎこちない。 (なんで、蕗乃さんは俺の申し出を断らなかったんだろう) ちまちまと箸を動かす蕗乃の姿を横目で眺めながら、俺はそんな事を考えていた。 校舎裏なんて所で蕗乃に出会った事ですっかり頭の中から飛んでいたが、一昨日自分は蕗乃に『関わらないで』と言われていたのだ。 昨日聞いた話からしても、ここは俺の申し出を断るのが本来の彼女の反応ではないだろうか。 (気まぐれ……ではないか。入学してからずっと人を遠ざけていたんだろうし。じゃあ一体――) 「あの、何か?」 「えっ?」 まずい、ちらちら横目で見るのが、考え事をしていた所為でガン見になっていたようだ。 蕗乃は怪訝そうな顔でこちらを見ている。 俺は取り繕うように、頭に浮かんだ事をそのまま言った。 「いや、その髪、すごく綺麗だなぁと思ってさ」 嘘は言っていない。 実際一昨日はその髪に惹かれ、そしてその髪を持つ彼女に惹かれたのだから。 蕗乃はまたも驚いた顔をすると、すぐに俯き、こう言った。 「おかしな事を言いますね、この髪が綺麗だなんて」 「そうかな? 今まで言われたことなかったの?」 「ありますよ。でも、大体の人が、私と最初に会った時に珍しがって言うだけで、あくまでその程度のものでしかないんです」 「そんな言い方をするって事は、やっぱりその髪は……」 「はい、地毛です」 「立派なものだね」 「それを言うなら貴方だって」 蕗乃は俺の髪を見ながら言う。 「紺色の髪の人間なんて、普通は居ませんよ」 「あはは……まあそうだよね」 視界にちらりと映るその前髪を右手で摘まむ。 そう、俺の髪も蕗乃と同じで、地毛にしてはありえない色をしていた。 その色は、紺。 「これも君と同じで、地毛なんだ」 「そうでしょうね。でなければ、真っ先に先生に注意されて元に戻されるでしょうから」 そう言うと、蕗乃はまた俯き、黙り込んだ。 (『この髪が』か……。その言葉からして、あまり自分の髪を好きじゃないんだろうな……) 周りに驚かれるのはもう慣れたが、自分だって、この髪を大好きであるわけではない。 だが、なんとなくではあるのだが、彼女にはその髪を嫌いになってほしくはなかった。 「でも、やっぱり俺は、その髪は綺麗だと思うよ」 蕗乃は、またか、とでも言いたげな顔でこちらを見る。 「その赤い髪、君の象徴だと思うんだ」 「私の……象徴?」 「そう、君の象徴。君を表す君自身。だからこそ、君には似合うし、君にしか似合わないと思う」 俺の言葉を聞いた蕗乃は、まるで呆けてでもいるかのように、口を開けたままの表情で固まっていた。 驚いているのだろうか。 そして自分はというと、今しがた自分が言ったことのあまりの恥ずかしさに、言ってしまってから気付いた。 「……なんて、たいして君を知らない俺が言っても何も説得力ないよね。ごめん、今のは――」 「蕗乃」 「え?」 「蕗乃火乃花です、私の名前。貴方の……名前は?」 俺の目を見つめながら、蕗乃は言う。 「俺の名前は、葵。榊原葵」 「そう、ですか……」 そう言ったきり、蕗乃はまた俯く。 その、俯いた蕗乃の頬が朱に染まっていたのは、自分の見間違いだったのだろうか。 720 :異色の御花 第1話「夕暮れの邂逅」 ◆mN6lJgAwbo :2010/09/08(水) 15 45 10 ID FVc3vYTG 結局、その後は特に会話もなく、昼食と昼休みは終わった。 だが、別れ際に「それでは、また」と蕗乃が言ってくれたが、自分は嬉しかった。 また、昼休みにお邪魔してもいいということなのだろう。 今の時刻は、7時を少し回ったところ。 買い物などで町を周っていると、すぐにこんな時間帯になってしまった。 空は既に暗く、星も瞬き始めている。 家であるアパートまでの帰途に着く中、俺は改めて今日蕗乃に言った事を思い返していた。 それは、『象徴』という言葉。 あの時は、蕗乃に自分の髪の事を嫌ってほしくなくて、あんな事を言ったが、自分にとってのこの髪……紺髪は、決していい意味での象徴ではなかった。 何故ならば……。 俺は、辺りに誰も居ない事を確認し、買い物袋を持っていない右手の手の平を見つめる。 すると、蒼白い光が僅かに走り、その後の手の平には、先程まではなかった筈の氷の塊が鎮座していた。 「こんな変な力の、象徴なんだから……」
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/864.html
204 :最果てへ向かって(1/6) [sage] :2007/09/30(日) 22 01 04 ID LEyxcZKH 「発射180秒前。79、78、77……」 カウントダウンの無線交信が聞こえる。今、僕が居るのは外宇宙探査船の操縦室だ。 3分後、僕と彼女は二人、宇宙という漆黒の大海原への大航海に出るのだ。 同時多発的に打ち上げられる第二次外宇宙探査隊。 その最初の打ち上げを直前に控え、地上との無線交信も緊張感に満ちている。 無論、僕もそれは例外ではない。心臓がドクンドクンと大きな音を立てて動いているのが感じられる。 「120秒前。19、18、17……」 ……数年前に派遣された第一次探査隊は全滅した。その理由は公表されていない。 原因究明を待つべきだという意見が大半を占めていたが、結局二度目の探査が行われる事になった。 「失脚を恐れた官僚の仕業」「第一次隊は無事で、これは予算を稼ぐの嘘」なんて噂もあった。 僕にはその真偽はわからない。知る必要もない。重要なのはこの任務を成功させられるか否かなんだ。 「90秒前、89、88、87……」 カウントダウンの合成音声はただただ冷淡に発射までの時を告げる。 目線を感じて顔を横に向けると、そこにはバイザー越しに彼女の柔らかな笑顔があった。 ――大丈夫、上手くいくよ そう語りかける様な視線が僕に向いている。ただそれだけで、僕の緊張が若干和らいだ気がした。 205 :最果てへ向かって(2/6) [sage] :2007/09/30(日) 22 01 45 ID LEyxcZKH 思えば僕は彼女にずっと支えられてきた。 第一次探査隊が全滅したというニュースを聞いた時、愕然とする僕を励ましてくれたのは彼女だった。 第二次探査隊の募集に真っ先に参加しようと言い出したのも彼女だった。 周囲の大反対にも粘り強く説得を重ね、前後して僕たちを襲ったストーカー騒ぎにも負けずに。 最後の方は僕よりもむしろ彼女の方が熱心だった気さえしてくる。 候補に選ばれてからの厳しい訓練に、挫けそうになった僕を叱咤激励してくれたのも彼女だ。 「ちょっと、こんなところであきらめる気? 冗談じゃない。今までの努力はどうなるの? 夢の実現は? 」 その厳しい声に何度助けられた事か。だから僕は彼女に全幅の信頼を寄せている。 彼女とならどんな事態でも乗り越えていける。そんな万能感が僕にはあった。 「発射60秒前。59、58、57……」 とうとう発射まで一分を切った。僕たちは発射前の最終チェックに追われている。 何重にも張り巡らされた管理コンピュータシステム。その全てが万全の状態を表すグリーンを示していた。 僕たちに出来るのはここまで。あとは何かに祈る事ぐらいしか出来ない。 「発射10秒前。9、8、7、メインエンジン点火」 エンジンに火が入る。周囲に響き渡る轟音。緊張の一瞬。ここまで来たらもう引き返せない。 コンピュータを、地上スタッフを、技術者達を。そして何より傍らに居る彼女を、信じるしかない。 今まで幾多の困難を乗り越えてきた僕たちなら、大丈夫だと。 「……4、3、2、1、0。リフトオフ! 」 ――この計画の第一段階にして最大の難関、地上からの打ち上げは無事成功した 206 :最果てへ向かって(3/6) [sage] :2007/09/30(日) 22 02 26 ID LEyxcZKH 「コンピュータ、手動チェック、そのどちらも問題有りません。現在……」 彼女は地上基地との交信に追われている。計器パネルに目を走らせる度に短い黒髪がふわりと動く。 その重力から解き放たれた姿を見てああ、今僕は宇宙に居るんだなという事を再認識する。 と、彼女の顔が僕の方を向く。その視線は作業を止めている僕を咎めるものだ。 僕は急いでコンピュータに向きなおると、再び次の行程への準備に取り組み始めた。 この探査船は、従来までの問題点を解決した最新鋭の超光速宇宙船だ。 完全循環型のシステムは乗組員3人までのほぼ半永久的な生命維持を保障する。 巡航速度の問題を外部と内部で時間の流れを変化させるという魔法のような方法で解決した。 これは同時に乗組員の寿命による探査期間の制約も緩和する。 だがその代償として一切の無線交信が不可能になってしまう。次の交信は機内時間で一週間後だ。 その間に地球ではどれだけの時が流れているのだろうか。 社会情勢の変化によっては、知り合いが皆死んでいるという事さえ有り得るのだ。そう考えると心細くなる。 「……では準備が出来次第、巡航フェーズへと移行します。交信終了」 そして、もしかしたら最後になるかもしれない地球との交信が、終わった。 「遂に、ここまできたんだね。」 感慨深げな声に振り返ると、そこにあったのは若干苦笑い気味の笑顔だった。 「まさか本当に君とここにこれるなんて、思ってもみなかったよ。」 そう。とうとう幼い頃からの夢が現実となったのだ。 努力だけではこの場所に立つ事は出来なかった。その裏には数多くの幸運があったに違いないのだ。 僕は彼女に笑顔を返すと、画面上で返事を待つコンピュータにエンターキーで回答した。 そして、船は巡航モードに移行する。 207 :最果てへ向かって(4/6) [sage] :2007/09/30(日) 22 03 12 ID LEyxcZKH シートベルトを外し、機体後方へと直線的に移動する。訓練したとはいえ無重力下での移動にはまだ不慣れだ。 分厚いドアを潜り抜けると、そこにあるのは暖色系の照明に彩られた居住スペースだ。 さらにその奥にある寝室に入り、重い防護服から着替えながらこれから一週間何をして過ごすかを考える。 病的なまでの自動化のおかげで、巡航に入ると僕たちはする事が無くなる。端的に言えば退屈だ。 もし外を見渡そうとしても、光の速度を超えているのでそこにあるのは只の漆黒だ。 ただ自分たちの健康に気を使い、なるべく怪我の無い様に生活するだけの日々。 その退屈を紛らわせる為、コンピュータ内に本や映画、音楽等のデータが大量に詰め込まれているくらいだ。 ……その中に18歳未満お断りな物も含まれている事には驚いたが。 その時、ドアが開く音がした。顔を下に向けたまま私服姿の彼女が僕に向かって飛んでくる。 彼女は無重力下での行動には不向きなスカートを履いていて、そして…… 「ふふっ」 彼女は笑っていた。最初は含み笑いだった声が徐々に大きくなりそして、 「あはっ、あははっ! あははははははは!!」 遂には哄笑へと変わった。気が狂ったかのような笑いを続けながら僕の方に突っ込んでくる。 戸惑いに固まる僕に彼女はかまわず抱きついてきて、そして……口付けた。 いきなり舌をねじ込むディープキス。情熱的に絡んでくる彼女の舌。腰に手を回されているから離れる事も出来ない。 慣性の法則に従って運動し続けた身体が壁に接触したところでようやく彼女は唇を離した。 僕らの口から零れた唾液の橋は、すぐに丸くなって換気口の方へと吸い込まれていった。 興奮と混乱で頭が真っ白な僕は彼女の、かつて見た事のない妖艶な笑みを見つめる事しか出来なかった。 208 :最果てへ向かって(5/6) [sage] :2007/09/30(日) 22 04 01 ID LEyxcZKH 「あははははっ! これでやっと夢が叶ったんだ!! ここまで長かったね。うん、本当に長かった。」 途方もない違和感が僕を襲う。目の前の彼女がまるで別人のように感じられた。 「ねぇ。君とわたしの夢って、実はちょっと違うんだ。知ってた? 」 何の事だ? 現にさっき夢が叶ったって言ってたじゃないか。 「わたしの夢はね……君と二人っきりで過ごすこと。ううん、そうじゃないね。君をわたしのものにすること。」 その言葉に頭が回転を再開する。確かにここは二人きりだ。邪魔が入る余地などありはしない。 でもまさか、募集の後押しをしたり、訓練中励ましてくれたのは、全部その為だとでもいうのか……!? 「そうだよ。最初は君を何処かに監禁してしまおうと思ったんだけど、その維持を考えると現実的じゃないなって思って。 ここなら絶対に変な害虫も付かないし、何より政府公認だもんね。ぜーんぶそのためにがんばったんだよ? あのクソ教官の拷問みたいな訓練にも、セクハラ上司の厭味にも負けずにね。褒めてほしいくらいだよ」 彼女が絶対しないような言葉遣いが、快活な性格の裏に隠された黒い感情が、僕の衝撃を大きくする。 「ねぇ、何で第一次隊が全滅したのか教えてあげようか? 」 何故彼女はその理由を知っている? そう思いつつも好奇心には勝てずに首肯を返す。 「技術的には何の問題も無かったの。彼らはね、簡単に言えば孤独に押しつぶされちゃったんだ。 どんなに厳しい訓練を重ねた屈強な精神でも、報われないかもしれない任務に絶望してしまったのね」 そうだったのか……。納得すると同時に、自分もそうなってしまうのでは、という恐怖がこみ上げてくる。 「でもね、わたしたちは大丈夫。絶対に絶望なんてしない。だってここに居るのは君とわたしの二人なんだもの」 何故そう言い切れるんだ? 第一次隊だって二人ペアでの行動だったはずだ。 「偉い学者さんたちが考え付いたの。強い依存関係にある男女なら、これを乗り越えられるってね。 特に女の側が奉仕的で、独占欲強くて、周囲を傷つけることにためらわない性格が最適なんだってさ。 ストーカー騒ぎのこと覚えてる? あれはね、わたしたちに適性があるかを判断する試験官だったの。 わたし、その人達にお墨付きもらっちゃった。だからわたしたちはここにくることが出来たの。他の探査船の人達もそう。 皮肉だよね。地上では病的だって言われるような人間のほうが宇宙での生活に適してるなんて。」 209 :最果てへ向かって(6/6) [sage] :2007/09/30(日) 22 04 54 ID LEyxcZKH 一気にしゃべりきった彼女はもう一度僕に口付けてくる。それは甘美で、捕らえたものを決して逃さない魔法。 腰に回していた手がズボン越しにさっきから興奮しっぱなしのソレに触れる。 情熱的に絡み合う舌が、布越しのもどかしい刺激が、僕の精神を侵していく。 永遠のようなキスが終わると、彼女は微笑みながらポケットから何かを取り出した。それは白い錠剤の詰まった小瓶だった。 「ねえ、コレ何だかわかる? コレはね、最先端の不妊薬なの。後遺障害も副作用もなしのパーフェクトなおクスリ。 でも政府のお偉いさんがこんな物は倫理に反するって大反対して結局一般に発表されなかったんだ。勿体無い話だよねぇ」 それはそうだ。そんな薬があったらみんなナマでヤり放題だ。宗教色を強めるあの国がそれを認めるとは思えない。 「でもその分こういう任務には最適なの。だから船内に特製の合成プラントまで作ってあるの。 きみの子供を産めないのは残念だけどここで子育てするのは大変だからね。人が住める星が見つかるまで我慢しなきゃ。 でも、その分妊娠なんて心配しないで思いっきりナカに出しちゃっていいんだよ。 わたしも君のアソコからせーえきがびゅくっ、びゅくっ、って出てくるのを感じたいの」 彼女の口から出てくるとは思いもしなかった卑猥な言葉。その一つ一つが、僕を昂ぶらせていく。 「だからね…………しよ?」 その一言で、僕の理性はいとも簡単に崩れ去った。今度は僕の方から口付ける。 彼女は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに蕩けた笑顔でキスに夢中になった。 そして僕たちの顔の間に三回目の橋が渡って切れた時に、彼女は飛び切りの笑顔で僕に囁く。 「これからは、ずっと一緒だね」 ――そしてこの日から、僕たちの、僕たちだけの世界が、始まったんだ。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2634.html
707 名前:ぽけもん 黒 31話 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 21 37 32 ID KKK.SerE [10/14] 柔らかな光。 暖かな温もり。 確かな感触。 ポポは幸せに包まれていました。 「おはよう、ポポ。もう朝だよ」 優しい声で目を開けると、そこにはゴールドがいました。 私の愛しい人。私に、全てをくれた人。 ポポは、ずっとひとりぼっちでした。 自分で餌を取れるようになったら独り立ちし、親兄弟といえども干渉はしない。自らの縄張りを誇示し、適当な時期になったらオスと交配し子をなす。 それが、ポポが送るはずだった一生です。 頭のいい生き物達は、そういうところを見て、ポポたちのことを下等な、劣った生き物だとあざけります。 でも、ポポは、そのことに何の疑問も抱いてませんでした。 縄張りを守ることとか、日々の糧を得ることとか、そんなことが、ポポのすべてでした。 何の疑問も持たず、ただ生きることを繰り返す日々。 ポポは決して不幸ではありませんでした。だってそれはポポにとって当たり前のことでしたから。 それは、ポポにとってなんでもない、いつもどおりの行為でした。 人間から荷物を奪って食べ物があればそれを得る。 弱い弱い人間は、格好の狩の獲物でした。 でも、その人間は違いました。 その人間はポポに襲われても怒ることも逃げ出すこともせず、いつもポポへと向けられる蔑みでも怯えでも弱者への憐憫でもない、まっすぐな目でポポを見ます。 ポポは、今までに抱いたことも無い気持ちを抱きました。 そのときは、それがなんだったかは分かりませんでした。 でも今ならはっきりと分かります。 これは愛。 ゴールドは、ポポの運命の人でした。 ゴールドのお陰で、ポポはもう闇に怯えなくてもいいくらい強くなれました。 ゴールドのお陰で、ポポは愛を知ることが出来ました。 ゴールドのお陰で、ポポはそれが愛と理解できるだけの知能を得ることが出来ました。 だから分かったのです。ゴールドと出会う前のポポには何もありませんでした。ゴールドと出会って、ポポは初めてこの世界に生まれたのです。 それを知れたのもゴールドのお陰。ゴールドはポポのすべて。ゴールドはポポをポポにしてくれた人。大切な人。運命の人。 愛おしくて、苦しくて。ポポはいつもゴールドのことを想っていました。だって、ポポのすべてはゴールドのものなのですから。 早く本当に、ポポのすべてをゴールドのものにして欲しい。 ――でも、そんな大切な人の傍には、常に目障りな生き物がいました。 香草チコ。ゴールドと同い年の少女。 獣の勘ってやつですか、ポポは一目見たときから、その女から嫌なものを感じていました。 強いとか弱いとか、自分を害すとか害されるとか、そういった色々を超えた嫌悪感。 そのときのポポには、その嫌悪感の正体を知る由もありません。 でも、今ならはっきり分かります。 あの女は、ゴールドを蝕む害獣だったのです。 あの女は、ことあるごとにゴールドを傷つけました。 そのたび、ポポは酷い苛立ちを覚えました。あぁ、これもゴールドと会う前は知らなかった感覚です。 自分以外の誰かが傷つくのを見て、怒りを覚えるなんて。 それなのにゴールドはあの女から離れようとしません。 あの女も、ゴールドから離れようとしません。 ポポには、それが不思議でなりませんでした。 やどりと二人であの女を痛めつけてやったときには本当にすっとしました。 そのままどこかに消えたときには、もうポポは有頂天でした。 もうあの目障りなメスを見ることは無い。あの目障りな生物に邪魔されることはない。 思う存分、ゴールドと一緒にいられる。ゴールドの隣にいられる。 それなのに、ゴールドのために敵と戦って、それで傷ついて、再び目を覚ましたときには、ゴールドはいませんでした。 本当に血の気が引きました。ガクガクと震えて、まっすぐ立ってることもできませんでした。世界がぐるぐる回って、どうにかなりそうでした。 暴れて、人間に押さえられて、ゴールドが前いた街に戻ったことを聞きました。 この町にはロケット団を追ってきたのですから、もといた街に戻るのは当然です。 でも、どうしてポポをおいていったのですか? どうして、ポポの怪我が治るのを待っていてくれなかったのですか? 急用って、それはポポよりも大事な用事なのですか? ポポには、ゴールドより大事なものなんて無いのに。 ゴールドはそうじゃないですか? もしかして、ポポはゴールドに捨てられた? 負けるような弱いポポはいらない? 大怪我をして、もう以前のようには戦えないかもしれないポポはもういらない? 708 名前:ぽけもん 黒 31話 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 21 38 09 ID KKK.SerE [11/14] ゴールドがそんな人間じゃないということは分かっています。 それでも、万が一のその可能性を想像するだけで、恐怖で息も出来なくなります。 でも今のポポの状態では、とても今すぐゴールドの元に向かうことなんて出来ないです。 だからといってじっとしていられない。 無理にポケモンセンターを抜け出そうとして、鎮静剤と睡眠薬を打たれ、恐怖にまどろみながらポポは数日を過ごす羽目になりました。 意識がまともに戻った瞬間、そのままポポはポケモンセンターを飛び出しました。 ひたすらに空を飛びます。 ゴールド。 ゴールドゴールドゴールド。 ゴールドに嫌われていたらどうしよう。ゴールドに捨てられていたらどうしよう。ゴールドに迷惑そうにされたらどうしよう。 想像するだけで胸が苦しくなり、そのまま墜ちてしまいそうになります。 それでも、ゴールドに会いたい。 ゴールドのところに行きたい。 捨てられても、いらないって言われても。 だって、ポポのすべてはゴールドから貰ったものなのですから。 だから、だから早く。早くゴールドの元へ。 街が視界に入ったとき、すぐに異変に気づきました。 高い建物の周りに雷が乱舞し、どうみても普通の様子じゃありません。 あの建物はラジオ塔。前に来たとき、ゴールドから教えてもらいました。 なんでしょう、すごく嫌な予感がします。 ポポの目には、遠くからでも何が起こっているかよく見えます。 ラジオ塔の景色は、どう見てもまともなものじゃありませんでした。 不意に、恐怖が一層強くなります。 ポポは悟りました。 今間に合わないと、ポポは永遠にゴールドを失う。 今間に合わなければ、ポポの人生に意味はありません。 だって、ゴールドはポポのすべてなのですから。 爆発があり、その後、窓の奥にゴールドが見えました。 危ない! ポポは叫んでいました。届かないと知りつつも、叫ばずにはいられませんでした。 ゴールドは黒い何かに押され、外に落ちていきます。 到底人間が助からない高さから、真っ逆さまに。 早く。早く! 今間に合わなければポポのすべてがなくなってしまいます。 ポポのすべてが無意味になってしまいます。 間に合えば、もうそれで消えてなくなっても構わない。体がバラバラに、砕け散ってしまっても構わない。 だからゴールド。ゴールドだけは―― ああこの重さ。この温度。この感触。 ああ、ああ、ああ! ポポの重さ。ポポの温度。ポポのすべて。 間に合いました! ポポが、ポポがゴールドを救うことが出来た! ありがとうゴールド。ポポに救わせてくれて。ポポにゴールドを救うようにさせてくれて。 でも、ゴールドはそれからずっと元気がありません。 ゴールドの大切な人が死んだらしいです。でも、ポポには意味がよく分かりません。 だって、ポポには、ゴールドの他に大切な人なんていないんですから。ゴールドの他の生き物がどうなろうと、ポポにはどうだっていいんです。 だから、ポポはポポの気持ちをゴールドに打ち明けることにしました。 ポポの胸の中には、ゴールドを救うことが出来た達成感と、ゴールドへの愛おしさしかありませんでした。はっきり言えば、舞い上がっていました。 ――だから、ポポは絶望へと落ちることになりました。 ああ、そんな、嘘です! ゴールドが、ゴールドがポポを受け入れてくれないなんて!! ……ポポは思いました。あのいやなメスが、あの害獣が近くにいるから。だから元気がないんですよね? あのゴールドを害すだけの生き物に、ゴールドは苦しめられてるんですよね。 だから嘘ですよね。チコを好きだなんて。愛しているだなんて。 だって自分のことを傷つけるだけのものを愛すなんて、絶対におかしいです。 なのに。どうして、どうしてそんな顔するですか。 どうしてそんなこというですか。 どうして、ポポのすべてなのに、ポポの全部を受け取ってくれないですか。 こわかった。 怖くて、どうにかなってしまいそうだから。 だから、ポポはゴールドに抱きつきました。 ゴールドに思いの丈をぶつけました。 そしたら、ゴールドは分かってくれました! なんとなんと、ゴールドはポポを受け入れてくれたのです! あの女達は要らないって! ポポだけいればいいって! ポポと一緒です! ポポもゴールドだけいれば他に何もいらないです! あとのポポの人生には幸福しかありません。 だから、ポポは目の前の愛しい人に口付けを交わすのでした。 ポポの愛しい人。ポポにすべてをくれた人。 そこは、ポポの望んだ世界。ポポの幸福な夢。 709 名前:ぽけもん 黒 31話 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 21 38 43 ID KKK.SerE [12/14] ―――――――――――――――――――――― 「ん、おはようです、ゴールド」 幼い少女の口付けで今日も目を覚ます。 目を開けると、そこには可愛らしい少女の、しかしその幼さに似つかわしくない、淫靡な溶けたような笑顔がそこにあった。 僕はその挨拶に答えることもない。 酷い頭痛がする。吐き気がこみ上げ、胃酸がカラカラに乾いた喉を焼く。まるで悪夢だ。 「うふ、ゴールド、またするですよぉ」 そういって彼女は僕の下半身をいじりだす。 もうこんな生活を送るようになって三日が過ぎた……と思う。あれから三度日が昇り沈むのを見た気がするからだ。だけど、それも定かじゃない。現実か幻覚かも分からない。 僕の体力と精神力は完全に限界を超えていた。 「ゴールドぉ、朝ごはんですよぉ」 そういって彼女は木の実を口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。 そうして、ドロドロに溶けた木の実を、彼女は僕の口に口移しで流し込む。 味なんて分からない。もう彼女の体温も感触も、よく分からなくなってしまった。 旅の途中で彼女に抱きつかれて感じたあの温もり。あの時は、確かにポポの暖かさや優しさを感じることが出来たはずなのに。 あの明るく無邪気な彼女と、この目の前の存在は果たして同じものなのだろうか。同じものだとすれば、どうして僕は今の彼女からは何も感じることが出来ないのか。 僕はこれからどうなるんだろう。 分からない。考える力もわかない。 「うふふ、こぼしてますよゴールド。ちゃんと食べるですよー」 彼女はそういって僕の口を舐める。 「ちゃんと食べないと……」 意識が溶けて消えていく。 僕は再びまどろみに落ちた。 洞窟に響く湿った音。やわらかい肉。誰かの嬌声。溶けたようなポポの顔。濃厚な性の臭い。耳元で囁く誰かの声。頭痛。吐き気。身体の痛みと気だるさ。耐え難い苦痛。 何も分からない。 地獄のまどろみの中から、唐突に覚醒した。 まともに意識を取り戻したのは一体いつ振りだろうか。 今がいつであれからどれだけ経ったかなんてさっぱり分からない。 そこでふと違和感を覚える。 いつも僕にまとわりついていたポポがいない。 食料をとりに言ったのかと思ったけどそれも違った。 ポポは、僕と少し離れたところで、殺気立って入り口を睨んでいる。 こんなに怒りというか闘争心をむき出しにした彼女を見るのは初めてかもしれない。 一体何があったんだ。 それを言いかけた僕は、全身を駆け抜けた悪寒で口を噤んだ。 はっきりと分かる。 殆ど思考も出来ないような鈍った脳でも、容易に捕らえられる、いや、閉じた脳を無理やりこじ開けられるような強引さで。夢でも幻覚でも無い。間違えようの無い、暴力的なまでの現実感。 何か、何かとてつもなく恐ろしいものが。 下から、猛然と迫ってくる―― 僕は自分が意識を取り戻したわけを知った。この殺気だ。この殺気と感じたからだ。僕の感覚が、本能が言っている。今正気を失っているとやばい、と。意識の混濁すら許さない、濃密な、圧倒的な恐怖。 同時に気づく。ポポはここでその何かを迎撃する気なんだ。 確かに入り口は一方。確実に来た相手に対応できる。 けど、ここで迎え撃つのは下策だ。 入り口が一つってことは、いざというときの逃げ道がないってことだ。 水や火、または毒ガスなんかを流し込まれたらどうしようもない。 慌てて出てきたところで待ち受けていた敵にやられるだけだ。 が、敵はそんなことしなかった。 「ゴールドー!」 まっすぐ、正面から突っ込んできた。 流れる、萌える春の草原のような髪。パッチリとした、見たものの心を捕らえて離さない、夏の果実のような綺麗な赤い瞳。美しく、彼女を彩るように咲いた花。懐かしい顔、声。 ああ、ああ。 「か……」 涙がとめどなく流れてきて、視界がぼやけた。 日の光を背負って僕の前に躍り出た彼女は、まるで女神か何かのようだった。 いや、彼女は紛れもない、救いの女神だ。 「香草さん!」 「会いたかった、ずっと会いたかったわ、ゴールド!」 ポポのことなんてまるで眼中に無いように、彼女は僕の胸に飛び込んできた。 710 名前:ぽけもん 黒 31話 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 21 39 11 ID KKK.SerE [13/14] ―――――――――――――――――― 天国のような日々。 理想とは違いましたけど、それでも、ポポはとっても幸せでした。 「……んぁ」 ゴールドのものがポポの中で脈打った気がして、思わず息が漏れます。 愛おしくて、ゴールドの頬を撫でました。 ああゴールド。素敵です。カッコいいです。 ポポのことを抱きしめてくれなくなったのは悲しいですけど、でもしょうがないですよね、ゴールドは調子が悪いんですもの。 でもゴールドはいつも言ってくれます。 「ポポ、好きだ。愛してる」 「ポポにこうして抱きしめてもらう以上の幸福なんて無いよ」 「今はちょっと体調が悪いけど、でも、ポポと一緒にいればきっとよくなるから、だから心配しないで」 自分が具合悪いときですら、ゴールドはポポのことを第一に考えてくれます。 もう、そんな時くらい、自分の心配をしてください。 ポポは心配ですよ。 でも、きっと大丈夫ですよね。 だって一番大好きな人と結ばれたんですもの。 だからもう大丈夫。 これからの人生には、もう幸福しかないですよ。 ゴールドにキスをします。 ああ、ゴールドの舌、熱い。 こうしていると、幸福でポポは真っ白に溶けてしまいます。 ねえゴールド。ゴールドも今、こんな気持ちですか? ポポと同じ気持ちですか? ……ああゴールド、お腹がへったですね。 いつもみたいに、食べさせてあげるです。 ……もう食べ物が無いです。取ってこないと。 名残惜しさを必死で堪え、ゴールドから離れると、食べ物をとりに飛び立とうとしました。 その瞬間、恐ろしいまでの殺気がポポに向けられたのを感じました。 後悔がポポを包みます。見つかった。今外に出ようとすべきでありませんでした。 この嫌な気配。間違いない。あのメスです。ゴールドを傷つけるあのメス。ゴールドにすがり寄る悪魔。 ポポがゴールドを救ったのに、癒しているのに、それをあの虫けらは……! ふふ、来るがいいです。ここは岸壁の中。飛べないお前なんて、ただの鴨でしかない。狩られるだけの哀れなイモムシ。ポポには追いつけない。 うふふ、ゴールド行きましょう。お前はそこでポポとゴールドの幸せな旅路を指咥えて見てるがいいです。 しかし、ゴールドに近づこうとした瞬間、体が固まりました。 体が動かない。まるで巨人の手に握り締められたような…… この力には覚えがあります。 岸壁の向こう、こちらを見据える歪な塊。 やどり!! そうでした。この女の存在を忘れていました。 ゴールドを害しはしないですけど、ゴールドに求められることも無い。 いてもいなくても変わらない。憐れな女。眼中にもありませんでした。 あの害獣を駆除した後は、はっきり言ってどうでもよかった。 だからここまで放置してきたのに、まさかこんな。 気がついたときには、ポポはあの女の念動力にがんじがらめにされていました。 振りほどけない! 逃げてくださいゴールド、あの女が来るです。 そう言おうとして、ポポは心中で悲鳴を上げました。声すら出せない! ああ、こんなに近くにいるのに、ゴールド! お願い、逃げて!! 唐突にゴールドが起き上がりました。 ゴールド! ポポの思いが通じたですね! ゴールド! 早く逃げるです! でないと、あの女が! それなのに、ゴールドはちっとも逃げようともしません。 いや、それどころか、嬉しそうに入り口の方を見つめるではありませんか! 駄目ですゴールド、あの女の毒に惑わされないでです! そんな目で見ないで! ポポを、ポポを見て! 「ゴールドー!」 ゴールドの顔が嬉しそうに歪みます。 そんなの可笑しいですよゴールド。 ゴールドの口がゆっくり開きます。 どうして! もう何日も、ポポには何も言ってくれないのに! だめです。駄目ですゴールド。やめて。やめてぇぇぇぇぇ! 「香草さん!」 「会いたかった、ずっと会いたかったわ、ゴールド!」 ――ああ、わたしの幸福を引き裂きに、悪魔がやってきた。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/595.html
442 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/02/21(水) 01 29 10 ID kniQ3gHP 「ふぁぁぁぁ… おはよー夏月(なつき)」 「おはよう、兄さん。今出来るから座って」 「んー」 リビングに入るなり、大きな欠伸をして朝の挨拶をわたしにしてくれたのは、 大好きな双子の片割れで兄の陽太(ようた)。 まだ半分閉じかけた目で、ふらふらと定位置に座る兄さんはホント可愛い。 朝が弱い兄さんのこんな姿を見られるのは、妹であるわたしの特権だ。 「ごめんねー、夏月ぃ… 朝ご飯の仕度、全部任せっきりで」 高校生になって一ヶ月、学校のある日は毎日聞いている兄さんの謝罪。 寝惚け気味の兄さんの前によそったご飯を置きながら、わたしは頬を膨らませて怒ってる顔をする。 「もう! 気にしてないって言ってるでしょ? 兄さんは朝弱いんだから、いいの!」 そうは言っても、優しい兄さんは気にするんだろうな。 「うーん… じゃあ、今日の夕飯は僕が作るからさ」 「え!? ホント!?」 「ホントにホント。帰りに買い物して帰ろ。それまでにリクエスト決めておいて」 「うん! ありがと、兄さん!」 「お礼言うのは僕の方だってば。 あ、夏月の美味しいご飯冷めちゃうよ、早く食べよう。いただきます!」 「いただきます」 嬉しい、嬉しい、嬉しい!! もぐもぐと美味しそうにわたしの作った朝ご飯を食べてくれる兄さんを見ながら、 わたしは幸せに浸っていた。 「「行ってきます」」 誰も居ないけど、ちゃんと出掛けには一緒に挨拶をしてから学校に向かう。 今、父さんも母さんもこの家には居ない。父さんの転勤に母さんも付いていったからだ。 父さんの転勤が急に決まったのは、試験に受かって高校が決まった頃だった。 高校の事もあり、わたしと兄さんはここに残りたいと主張した。 はじめは母さんも残る予定だったけど、父さんの生活能力の無さから、 結局母さんも付いて行く事になり、そして今この家には、わたしと兄さんだけが残って、 二人で暮している。 学校まで片道約20分。あまり乗り物が得意じゃないわたしと兄さんは、いつも徒歩。 そして半分ほど歩いた所で、いつもの声が降ってきた。 「はよ、清水兄妹」 「おはよう、東尉(とうい)」 「おはよう、東尉君」 いつもの通り、気怠そうに無愛想な挨拶をして合流してきたのは、 前園東尉(まえぞの とうい)君。 小学校からの友達で同級生、兄さんとは親友という間柄だ。そして、 「東尉、毎朝言ってるけどさ、清水兄妹ってまとめて挨拶するのやめてようね」 「こっちも毎朝言ってるけど、いいじゃねぇかよ。お前ら兄妹じゃねぇか」 「当然兄妹だけどさ、挨拶は一人一人にちゃんとしないと」 「めんどくせー」 「東尉の無精者ー」 「陽太は口煩いー」 ここまでが日課になっている、兄さんと東尉君の軽快な軽口。 443 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/02/21(水) 01 29 49 ID kniQ3gHP 「あ、東尉、今日の帰り夏月と買い物して帰るから、荷物持ちにくる?」 「何で俺が荷物持ちしなきゃなんねぇんだ。 ラブラブ兄妹の邪魔はしませんので、お二人でどーぞ」 「東尉君、その口調、気持ち悪い」 「うっさい清水妹」 「それやめてってば。わたしには夏月っていう名前があるんですー」 「しょうがないよ夏月、東尉の頭じゃ憶えられないんだよ」 「お前らより俺の成績のが上だって事、忘れてねぇか?」 「「テスト前のノート、頼りにしてます!」」 「…はぁぁぁ、ちゃんと奢れよな」 こんな風に毎朝楽しく登校するのも、中学生の頃からずっと続いている。 みんな、兄さんと東尉君が親友だとは思えないと口を揃える。 兄さんとわたしは、茶色っぽい少しくせっ毛の髪がふわふわしてて目も大きく、子供っぽく見える。 対して東尉君はクオーターの所為か、髪も目も灰色っぽく顔つきも大人びいている。 その上身長だって180cmもあり、わたしより20cm近く、兄さんですら7cmも高いのだ。 更に無愛想で一匹狼、いつも穏やかな兄さんとは正反対。と、上げればキリが無い。 けれど兄さんと東尉君は、とっても仲が良い親友だ。 兄さんの親友だもの、無論わたしも東尉君とは仲が良い。 退屈な午前の授業中、今朝の兄さんの言葉を思い出しては頬が緩むのを止められない。 夕飯、何をリクエストしよう。 チャーハンがいいかなぁ… あ、冷ご飯がないからダメだ。 うーん… オムライス、ヤキソバもいいなぁ… 何て色々考えてるうちに、あっという間に午前の授業は全部終っていた。 お昼食べに行こう。と、席を立った所で、声を掛けられた。 「夏月! これからお昼だよね?」 「うん。どうかした、好乃(よしの)?」 声を掛けてきたのは、伊藤好乃(いとう よしの)。 同じクラスになって知り合った友達だ。 「ええっと… 夏月はお兄さんと前園君と食べてるんだよね?」 「うん、そうだけど?」 赤い顔をして、もじもじと言い淀んでいる好乃。もしかして… 「あ、あのさ、あたしも一緒に食べちゃダメかな?」 やっぱり。いつもの事に好乃には悟られない様、心の中で溜息を吐く。 「えと… とう、前園君ってちょっと気難しいっていうか、他の人連れてくと怒るの。 えぇと… だから、ごめんね」 「そっか、ごめんね夏月。変な事言っちゃって、じゃ!」 明るく言ってたけど、がっかりしてるだろう好乃の後姿に、もう一度ごめんと謝った。 これまで何度もあった遣り取りだった。 あまりの押しの強さに、渋々連れていったクラスメイト。 その時、東尉君は不機嫌な顔になると、その場から居なくなってしまった。 クラスメイトには遠回しに責められるし、後で東尉君からも怒られた。 飯が不味くなるから、誰も連れてくるな。そいつと食いたいんならここには来るな、と。 東尉君はその外見から、とてもモテる。 しかし恋愛、女の子には興味がないらしい。というか、他人に興味がない。 だからこういうのは煩わしくてしょうがないんだろう、と兄さんが言っていた。 それからは、東尉君狙いの子達からいくら頼まれても、断り続けている。 444 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/02/21(水) 01 30 26 ID kniQ3gHP しかし折角高校に入って出来た友達である好乃の恋を応援してあげたい、そう思い 目の前でパンを齧る東尉君に、さり気なく尋ねてみる事にした。 「東尉君って、気になる子とかいる?」 「「………………」」 …あああああ、わたしの馬鹿! ストレート過ぎるよ! 兄さんと東尉君の手が止まって、凄い目でこっちを見て固まってる。 「えぇっと…」 どうしよう、変に誤解されちゃったら… 誤解って、何? されちゃったらって、誰に? よく解らない自分の気持ちに、内心首を傾げ考え込んでいると、 いち早くフリーズが解けた東尉君が口を開いて、考えは中断されてしまった。 「悪いけど、夏月。お前は対象外だ」 「って、ちがーう! わたしの事じゃなくて…!」 ああもうっ! さり気なく聞くつもりだったのに! これじゃあ、リサーチだってバレバレだよー。 それもこれも東尉君が真面目な顔で、馬鹿な事言うから… そこまで黙って聞いていた兄さんが、向日葵のような眩しい笑顔をわたしに向けるから、 その不意打ちに胸が大きく高鳴った。 「なーんだ、よかった~。夏月が東尉の事、好きなのかと思ったよ」 「え?」 ええええ!? よかったって、兄さん、どういう事!? まさか、それって、嫉妬、してくれ…… その瞬間、鼓動が早くなって、顔が熱くなった。 何これ? 嬉しい! 嬉しい! 嬉しい! 嬉しすぎるっ!! 「東尉が義弟になるのなんて、信じらんないからね」 「バカ。話が飛び過ぎだ。第一、俺と夏月がなん、て太陽が西から昇ってもありえない」 ………何だ。喜んで損した……… 喜んで?? わたし、何考えてるの…? まさか… もしかして… わたし、兄さんが……… 「夏月?」 「え!?」 考え込んで黙ってしまったわたしを、心配そうに覗き込んだ兄さんの顔が近くて、 納まった動悸がまた激しくなるのが解る。 「急に黙り込んじゃってどうかした? もしかして、ホントに東尉の事…」 「違う! わたしはっ…!!」 !! 何を言おうとしてるの? わたしは、わたしが好きなのは… ああ…! どうしよう、気付いてしまった! わたし、兄さんが、好きなんだ!! 445 :同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576 [sage] :2007/02/21(水) 01 31 01 ID kniQ3gHP 自覚した想いに呆然と対処出来ないわたしを、兄さんが訝しげに見ているけど、 今は何も言えない。 「ま、夏月もブラコンだからなー。それに怖ーい兄貴も目を光らせてるし?」 そんな微妙な空気を察してくれたのか、揶揄い口調で東尉君が茶々を入れてくれた。 直様兄さんも、東尉君の気遣いに乗る。 「とーぜん! 僕の目の黒いうちは、夏月に悪い虫は近づかせません!」 「流石、シスコン兄貴!」 「うっさい!」 軽口だと解っていても、想いを自覚したわたしには、兄さんのその言葉は嬉しすぎて、 この想いが簡単に諦められるものではないと、思い知らされる。 しかし午後の授業中、悩みに悩んだわたしは、急に馬鹿馬鹿しくなった。 元々、兄さんの事は大好きだ。 今更、そう今更なんだ。自覚したから何だというのだろう。 自覚する前と、自覚した今。何が違う? 何も違わない。 兄さんが好き。ただ、それだけ。 「夏月ー、帰ろう?」 「え、あ、兄さん! ちょっと待って!」 いけない、もう授業終ってたよ。 慌てて帰り支度をしながら、クラスが違う兄さんがこうして迎えに来てくれるという、 いつもの事でも、今のわたしには嬉しくて堪らない。 まるで、恋人同士みたい!…なんて。 よし! 帰り支度完璧! 急がなくっちゃ! 「あ、夏月!」 あ、好乃。急いでいても、ちゃんと挨拶はしなくちゃね。 「じゃあね、好乃! また明日ー!」 「え? あ、夏月、あのっ!」 好乃が何か言いかけてたようだけど、兄さんが待っていてくれるという甘い誘惑には、 勝てる筈も勝つつもりも無く、悪いけれど明日聞くね、と内心で謝って兄さんの元に駆けていった。 「お待たせ、兄さん!」 廊下で待っていた兄さんの前に着くと、やっぱり荷物持ちは嫌だと言っていた東尉君の姿は無かった。 「うん、待った待った! と、いう事でデザート係は夏月ね」 「うん! いいよ~!」 「え? 何か機嫌いい?」 当然だよ! 兄さんへの想いを自覚して、一緒に買い物に行って、一緒の家に帰って、 ご飯を作って… 兄さんをずっと独占出来るんだよ!? ご機嫌に決まってるよ! 「うん、だからデザートは、わたしが作ってあげる! リクエストもOKだよ!」 そのまま兄さんの手を取って、早く行こうと急かし、二人でメニューを考えながら、 スーパーまで楽しく戯れ合いながら向かった。 だから、浮かれていたわたしは気付かなかった。 わたしがどんな顔をしていたのかも。 それを好乃が見ていたという事も。 そしてその好乃の表情が、どんなものだったかも―――― -続-
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/863.html
194 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/28(金) 06 12 59 ID FGMYK50Z 「……あきら?」 階段を降りたその先、生徒昇降口を目前にした廊下に、赤い髪の女の子が立っていた。 薄く笑うその表情は、以前にも見た。背筋が冷たくなるような、あのときの微笑み。 あきらは何も言わずに、困惑する私たちを見上げている。彼女の眼は前髪に隠れていてよく見えない。見たくもない。 「何の用? 石橋さん」 玲が尋ねる。玲だけはなぜか冷静らしい。理子ものぞみも、動けないでいるというのに。 ──何故、私は動けないのだろう。 「あなたに用はない」 あきらが答えた。その声は、暗い校舎によく響く。彼女の声を聞いたのは小学校以来だけど、少し大人びた気がする。 赤い髪が揺れた。あきらが階段を上ってきていたことに気付くのが一瞬遅れた。同じ段に一列に並ぶ四人の中から、私を目指して昇ってくる。 私に。 「…………!」 あきらの顔が近い。あと一段上れば顔がぶつかってしまうような位置で、あきらは足を止めた。 相変わらず前髪が邪魔をして、あきらの眼は見えない。 「な、なに?」 私が喉の奥から搾り出した言葉を覆うように、唇を塞がれた。 …………。 ……私、キスされてるっ!? しかも同性に! 唇が離される。混乱する私の耳元に、あきらが何事か囁いた。 「愛してるよ、きみこちゃん」 ……私の聞き間違いデショウカ? デスよね? いや、そうに決まってる。同性に告白されるなんてそんな、漫画じゃあるまいし。 ファーストキスを奪い去られ、さらに爆弾発言を投下された私の頭は、白絵の具で塗りつぶされたように真っ白になっていた。 当のあきらは何もなかったように踵を返して階段を降り、そのまま生徒昇降口に行ってしまう。 ちょっと待てなんだこの状況。私の頭は、冷静さを求めていた。 195 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/28(金) 06 13 36 ID FGMYK50Z やってしまいました。 とうとう、私の想いを伝えることができたのです。 言葉にして初めて、私は私の気持ちに気付いたのです。私は、きみこちゃんを愛しています。 ああ、今日はなんていい日でしょう。今すぐ踊りだしてしまいたいくらいです。 「ねぇ、ちょっと」 浮かれてスキップしかけた私に、誰かが声をかけました。 振り向くとそこには、きみこちゃんを分厚い本で叩いた、眼鏡をかけた他人がいました。 「何の用?」 私は精一杯の敵意を込めて尋ねます。しかし、その他人は表情も変えずにこう言うのです。 「明日の放課後、美術室に来てくれないかな?」 「いやだ」 きっぱりとそう言って、私は害された気分を落ち着けようと胸を抑えました。 心音が骨と筋肉を伝わって、私の頭の中で何重にも響きます。 「即答か……。うん、面白い」 眼鏡をかけた他人の呟きが聞こえましたが、私は無視することにしました。 胸と喉が酷く痛みます。 家に帰るまでの記憶がありません。 無言の父と母の横を通り過ぎようとして、私はふと気付きました。 彼らを、父と母を、私はもう他人とは思わなくなっています。 何故でしょう。何も言わない彼らをじぃっと見ても、理由はわかりませんでした。 害された気分は、彼らを見ていて少しだけ癒されました。 相変わらず、彼らから愛は感じないのに。 196 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/28(金) 06 14 09 ID FGMYK50Z 「ごめん、あたし先に帰る」 玲がそう言って昇降口から出て行くのを見送りながら、私は先ほどからずっと呆けていた。 理子とのぞみがさっきから携帯電話をいじっている。多分さっきのことを広めているのだろう。止めたかったけど、止める気力が起きなかった。 女が女に告白されるなんて話題性抜群。あきら、あんたどこまで話題性を集める気? 話題性を七つ集めても願いは叶わないぞ? いけない、冷静な思考ができてない。いつからドラゴンボールになった。 今日はさっさと帰ってさっさと寝よう。そうしよう。 次の日、私は学年中の友人たちから追究されることになった。 「あの石橋さんからコクられたって本当!?」 「うん、そうみたい……。今でも信じられんわ」 「希美子ぉ、あんたそういう趣味あったの?」 「ねーよ!」 「ねぇ、キスまでされたんだよね? どんなだった!?」 「聞かないで! 頼むから聞かないで!」 「実はあたし、あなたのことが……」 「冗談でもやめなさい! 私にそういう趣味はない!」 とまぁ、こんな感じである。この間に溜まった私の疲れ具合は、察して欲しい。 朝、授業の合間、昼休みと、空いた時間があれば彼女たちは嬉しそうに楽しそうに私のところにやってくる。中にはちらりちらりと男子の姿も見えた。 放課後になっても人溜まりは絶えなかったが、段々その人溜まりに隙間が出来始めていた。さすがに一日も経てば飽きるか。 「大変だね希美子」 のぞみが他人事のように言う。まぁ、彼女にとっては他人事だろうが。 「のぞみ、あんた部活は?」 「サボリーん。ここで希美子見てるほうが楽しいもん」 「私はバラエティ番組か」 サボると美術部顧問の長門先生が怒るぞ、と心の中で呟いておく(ちなみに言うと、長門先生のフルネームは長門啓介、男性である)。 ふと、人だかりに空間が出来ていることに気がついた。自然に空いたのではなく、みんなが意識的に空けている。 その空間の中心に赤いものが見えて、私はため息をついた。ああ、元凶が来た。 「きみこちゃん」 あきらが、例の薄い笑いを浮かべていた。 ざわざわとした女子たちの会話が、いつの間にかひそひそとした小声になっている。 「……何の用よ」 「昨日のこと」 あきらが微笑む。その表情を見るたびに私の背筋が冷たくなっていく。 「私、きみこちゃんのこと、好き」 そしてとびっきりの笑顔で、そう言った。 「ああそう。私は好きでもなんでもないわ。同性愛者じゃないし」 「そっか。でも、それでいいよ。きみこちゃんが私のこと嫌いならそれでいい。私がきみこちゃんのこと愛してるから」 ……てっきり逆恨みするのかと思ったら、逆に「それでいい」と即答されてしまった。その反応は逆に困るのだけれど。 197 :羊と悪魔 [sage] :2007/09/28(金) 06 14 53 ID FGMYK50Z 私の想いを伝えるのは二度目です。 きみこちゃんはなんだか困った顔をしています。その顔も、なんだか可愛らしい。 胸が熱くなってきます。きみこちゃんのことを想うと、痛みは熱に変わると気付いたのは、昨日のことでした。 「じゃあね、きみこちゃん。またね」 少し名残惜しいですが、私は帰ることにしました。 ……これ以上、他人たちに囲まれていたら、私はこの殺意を抑えることができません。 背を向けて、樹立する他人たちの群れをかき分けようとしました。 「あ……! ちょっ……」 きみこちゃんが引きとめたような気がして、私は振り返りました。 「……やっぱり、なんでもない」 なんでもないようですので、私は他人たちの群れをかき分け始めました。 しかしなんなのでしょうか、この蝿のような他人たちは。 私の進んでいる道を遮り、何事かを鼻の下にある穴から吐き出します。その雑音は音声が大きく、私には聞き取れません。 「邪魔。どいて」 私がそう言うと、他人たちは道を遮るのをやめました。雑音は消えません。 熱かった胸に残るのは痛み。その痛みは喉まで這い上がってきます。 この痛みが頭まで来たら、私は。 私は。 私は? どうなるというのでしょう。 ふと、目の前に誰かいるのに気付きました。 昨日の、きみこちゃんを本で叩いた他人。何故あの他人が? 「いや、本当にありがとう。前々から貴女のこと、モデルにしたかったんだ」 ここは美術室のようです。ああ、思い出しました。帰ろうとしたところで、そこにいる他人に誘われたのです。 『私の描く絵のモデルになってくれないか』 何故私は承諾したのか、憶えていません。ただ、酷く頭が痛みます。 私は椅子に座らされ、そこにいる他人は絵を描く道具の準備をしています。 「今日はもう他の部員も帰ったし、長門先生は今日は出張なの。今だけはあたし専用の部屋よ」 私とそこの他人以外、美術室には誰もいません。私たちを見下ろすのはモナリザのコピーです。カールクリノラースくんは何も言いません。 「それじゃ、脱いで」 …………。 「人を描くときには裸体が一番なのよ。だからほら、脱いで。もちろんお礼はするからさ」 言われた通り、私は制服を脱ぎました。まだ初春の風は、少し寒いです。 「ああ、下着も脱いでね。靴下も」 言われた通り、下着も靴下も脱ぎ捨てます。 「へえ……普通の人は大抵躊躇するのに。まぁいいや、それじゃあ座って」 そして私は再び椅子に座らされました。 一糸も纏わぬ姿を、他人に晒して。 何故でしょう、胸と喉、頭の痛みが増していきます。 そこにいる他人は鉛筆を持って、白いカンバスに線を引いていきます。その姿を見ていると、私の心が痛むのです。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2467.html
786 :天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15 35 02 ID lajJDNvQ それは、一本の電話から始まった。 俺こと斎木 隼はいつものように学校に行き、授業を受け、休み時間になれば昼食をとるために、 旧校舎の屋上へ向かう。そこは飛鳥ちゃんと昼飯を食う時、よく使っていた場所のひとつだ。 飛鳥ちゃんと結意ちゃんとの交際が本格化してからは、もっぱら俺一人で訪れることとなっていた。 だが俺は、ふと思いとどまった。 「───そういえば、昼頃には雨が降るとか言っていたな。」 朝のニュースの情報を思い出し、空を仰ぎ見てみた。 既に暗雲が広がり、今にも雨が降り出しかねなかった。俺は屋上から引き返し、階段で食事をとることにした。 ───果たして、死なない俺が飯を食う意味があるのか。だが仕方が無い。事実、腹は減るのだから。 不便なもんだ。どうせなら成長と一緒に食欲も消えてしまえばよかったのに。 いやいや、それでも人並みには旨いものは旨い、と素直に思う感覚は備えている。たまに食うジャンクフードの旨さもまた格別。 やはり、必要なものなのか─── つい、一人でいるとこんな事ばかり考えてしまう、俺の悪い癖だ。 パンと牛乳を平らげ、一息ついたあたりで、懐にしまっていた携帯が振動した。 俺は欠伸をしながら、携帯を手にとってディスプレイを開いた。 着信は、公衆電話からのものだった。誰だ? 公衆電話からわざわざ俺にかけてくる知り合いなど、心当たりがない。 俺は受話ボタンを押し、電話に出てみた。 「もしも───」 『隼!? 飛鳥が、飛鳥がいないの!!』 「───っわ、て、え?」 耳をつん裂くような声に、俺は驚きを隠せなかった。だけどすぐに、その声が亜朱架さんのものだとわかった。 …でも、様子がおかしい? 『今日が退院で、わたし、迎えに行って、でも、でも、いないの! ねぇ!』 「お、落ち着いて下さい、亜朱架さん!」 俺の知ってる亜朱架さんは、こんなに取り乱す人じゃない。 「亜朱架さん…何が、あったんです?」と、俺は一句一句に力を込めていった。 しかし、亜朱架さんは完全にパニックに陥っているようで、俺のいう事など聞きもせずに騒いでいる。 「ちっ…病院、って言ってたか? …行くか。」 俺は電話を耳に当てたまま階段を駆け下りる。屋上へ繋がっている階段を一番下まで降れば、昇降口が見えてくるのだ。 午後の授業はボイコットた。少なくとも、亜朱架さんがここまで取り乱してるのだから、 何かが起こっているのは間違いない。 「飛鳥ちゃんがいない…か。俺が行くしかないな。」 結意ちゃんの幸せを第一に考えるなら、飛鳥ちゃんを守るのもまた、俺の役目。 それが今の俺に残された、唯一の意義なのだから。 昇降口に差し掛かった。素早く靴に履き替えて、次は駐輪場だ。 雨が降るという話だが、あいにく公共の交通機関では時間がかかり過ぎる。 多少雨に濡れようと、俺なら─── 「斎木くん? そんなに急いでどうしたの?」 「───えっ?」 背後から聞こえた声に、戸惑いを隠せない。 なぜならその声は…結意ちゃんのものだからだ。 「あ、いや…」と、俺は返しの言葉を模索するが、それよりも早く結意ちゃんは、 「…飛鳥くんに、何かあったの?」と続けてきた。 …いやはや、女の子のカン、というものなのか、はたまた飛鳥ちゃんに対する愛情の表れなのか。 見事に当てられた俺は、完全に言葉に詰まってしまった。 しかも結意ちゃんはその間にも上履きから靴に履き替えている。 787 :天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15 37 43 ID lajJDNvQ 「自転車でしょ? 私も一緒に連れていって。」 あろうことか、タンデムドライブの注文までしてくるとは。 これから雨が降るってのに、なんて娘だ。 「───いや流石に、そりゃ危ないぜ? 何かあったら、飛鳥ちゃんに申し訳が…」 「私が頼んだんだから、私の責任でしょ? それより、私より飛鳥くんの心配をして。」 …そうだ。結意ちゃんは一度こう、と言ったら曲げないくらいの意思の強い娘だった。 名は体を表すとはよく言ったものだ。さしずめ″かたく結ばれた意思″というところか。 「…わかった。それじゃあ行こうか、お姫様。」 それなら俺は、今しばらくナイトの役をやらせてもらうとしよう。 * * * * * 『人生っての、こいつらに似てると思わないか?』 ふと、あのおっさんの言葉が脳裏をよぎる。 ささいな事でいとも簡単にひっくり返り、色を変えるオセロのチップ。 思えば俺は、そんなオセロのチップに負けず劣らずの急転直下を何度も見てきた。 そして今の状況もまた、そのうちのひとつだ。 家に案内する、という穂坂にとりあえず従い、俺は病院からだいぶ離れた場所まで歩かされた。 自宅のある区域とは真逆の方向にある住宅街は、今まで一度も訪れた事がない。 だが、少なくとも俺の近所よりは高級感に溢れていた。 「着いたわよ。」 穂坂はとある住居の前で立ち止まり、カバンから鍵らしきものを取り出した。 「この辺は初めてかしら?」 「ん、まぁな。」 穂坂はどうやら俺のような小市民とは格が違うようだった。 穂坂の家はほかの住居よりも遥かにでかく、広い。 いいとこのお嬢さま、って程ではない様だが、明らかに他のやつらよりは豊かなんだろう。 穂坂はドアを開けると、先に入るよう促した。俺はそれに従い、「邪魔するぜ。」とだけ言って玄関に足を伸ばした。 靴を脱ぐと、冷たいフローリングの感触が身体を軽く震わせる。部屋がいくつかと、二階に続く階段を前に、俺は立ち止まった。 「おい穂坂、俺はどこに───っ?」 その時、腰の辺りに鋭い、弾かれるような痛みを感じた。 何が起きたのかわからなかった。だけど次の思考に移る間もなく、俺の身体は膝から崩れ落ちた。 ───────── 『なぁ、そんだけ可愛いんなら学校でもモテるんじゃないか?』 『まあ…確かに、少しはそういうのもあるよ。でもね、兄貴。』 あれ? どうして明日香がいるんだ。 それにここは、俺の家じゃないか。 …ああ、なるほど。 よくわからんが、夢みたいなもんでも見てるのか。 『男子と違って、誰からモテても嬉しいってわけじゃないよ。少なくとも私はね。』 夢の中の明日香はまだ少し幼く、懐かしい感じがする。 確か、この会話は明日香が中学2年の時のものだ。てことは俺は中3くらいか。 『そういう兄貴はどうなの? …結構いるかもしれないよ。』 『俺ぇ? ないない。なんかそういうのめんどくさいし、いても困る。』 『そ、そっか…ま、まあ、兄貴には私っていう可愛い妹がいるもんね!』 …そう、″妹″のままでいてくれたら、あんな事には……… やめよう。人の気持ちにとやかくいう事はよくない。まして、もう終わった事なんだ。 それに…明日香はもういないんだから。 『…ねぇ兄貴、もし大人になっても彼女………かったら……に……るよ……』 788 :天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15 44 03 ID lajJDNvQ 忘れてました 主人公がサブキャラにヤられるのはNTRに入るんですかね 不快な人は注意してください 789 :天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15 45 20 ID lajJDNvQ 声が、急に聞き取れなくなった。 以前、灰谷と会話していたせいなのか、もうじき俺は夢から覚めるのだろう、という感覚がした。 夢の中での視界がだんだん薄れていき、それとは逆にゆっくりと目を開く頃には、意識は現実へと帰っていた。 「こ…こは…?」 視界が薄ぼんやりとして、様子がよくわからない。 だけど、手足が拘束されている事にはすぐ気づいた。 両手首は背中で縄か何かでがっちりくくられ、足首も何かで固定されている。おおかた、ベッドの格子にでも繋がれているに違いない。 …あの時か。たぶん背中にスタンガンでもあてられたんだろう。 「気がついた?」 目の前に誰かいる。…考えるまでもない、穂坂だ。 「ふん…いいんちょ様のくせに、やたら悪知恵が働くじゃねえか。」 「ふふ、褒め言葉ととっておくわ。非力な私が神坂くんを閉じ込めるには、あれが一番手っ取り早いからね。」 穂坂は、始めから俺を拘束するつもりだったのだろう。 うまいこと家までおびき寄せ、先に俺を家に上げる。そうすると自然と、俺は穂坂に背を向ける事になる。あとはそこにスタンガンを… ちっ…! どうして気づけなかったんだ、俺は。 「最初からそれが狙いかよ…。」 「ええ。もう邪魔するものはいないわ。ゆっくり時間をかけて…私だけを………」 穂坂は薄暗い部屋の電気をひとつ、明るすぎないようにつけたようだ。 次に、身にまとっている制服の、シャツのボタンを上から順に外す。 フロントホック式のブラジャーまで外すと、白い素肌が覗く。今度はスカートに手をかけた。 「おい、何する気だよ。」 「ふふ…見ればわかるでしょう?」 なんの躊躇もなくスカートを脱ぎ捨て、いよいよ下着にまで手が伸びる。 俺はそれを見ないように、顔を逸らした。 するり、と布が擦れる音がした。 冷たい手が、俺の頬に触れる。 「さぁ…こっちを向いて?」 …だめだ、向いちゃいけない。俺は穂坂の言葉に、しかし決して振り向かない。 穂坂はそんなことはわかっていたようだ。今度は俺の頬から、制服のズボンに手をかけ出した。 「っ、おい! 何しやがる!」 もがいてみるが、手足を拘束されてる状態では大した抵抗にならない。 そうしている間にもベルトは外され、大腿部までズボンを下ろされてしまう。 一瞬だけ、穂坂の様子を伺い見てみた。衣服は全て脱いでいて、寒気がするくらい恍惚とした顔をしていた。 気持ち悪い。 たとえば、結意になら同じことをされても、正直嫌ではない。 俺の穂坂に対する嫌悪感は、そこまできているのだ。 とうとう布が一枚下ろされ、俺のものが晒される。直後、強烈に生温かい感触がそれを包んだ。 「んぅっ……はぁ…んぐ、ぴちゃ…」 背筋が、ぞくりとした。舌の動きがダイレクトに俺のモノを刺激する感触と、相反する嫌悪感に。 俺はそれでも必死に足掻いた。だが穂坂の施した拘束は、緩むことはない。穂坂もまた、俺の腰に抱きつくような格好をとり、 けして離すまい、としていた。 血流が、刺激されている部分に収束する感覚がする。…いやだ、こんな奴に! 「あは♪ 大きくなったわね。」 嘘だ…どうして。ソコは俺の意思とは全く無関係に、本来の機能を発揮した。 790 :天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15 47 13 ID lajJDNvQ 「じゃあ早速…しましょうか。」 「───えっ」 穂坂は口を離すと、今度は俺の上に馬乗りになった。 腰を軽く浮かせ、熱くなったソレに手を添え、その真上まで腰を持ってきた。 「おい…やめろ、やめろよ! 誰がお前なんかと! ふざけんじゃねえ! どけよ!」 だが、俺の言葉など耳に届いていない。先端に、穂坂の秘裂らしきものが触れる。 嫌だ…こんな奴に、こんな奴に……… 「ほら…見て、入る、入るよ。神坂くんの…がぁ…ぁ…っ…!」 肉を割り、ついに俺の分身は内側に飲み込まれた。 内壁の独特のぬめりと、温かさと、締め付けが直に伝わる。 俺は思わず、繋がった部分を見てしまった。結合部からはかすかに血が流れていた。 「ほら! 見える!? 繋がったのが! これで! これで神坂くんは! 私のモノよ!」 穂坂はしかし、痛みなど感じていないように見えた。 乱暴に腰を振り始める。処女のくせに、あっという間に粘液のぬるぬるとした感触が増大していた。 嘘だ。こんなの、こんなのってあるかよ。 嫌だ。誰か、助けてくれ。隼、姉ちゃん、佐橋、結意…誰でもいい。誰か、俺を─── 「や…めろ…やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉ!! 離せ! 離せよ畜生ッ! さわんじゃねぇぇぇ!」 俺は穂坂を拒絶するように、叫んだ。 …それしかできなかったんだ。手足の拘束は完璧。いくら暴れても緩まない。 俺にできるのはただ叫ぶことと…徐々に迫って来るだろう射精感に抗う事だけだった。 「あはっ、ははははは! やっと! やっとひとつになれた!もう逃がさないわっ!」 …こいつ、本当にあの穂坂なのか? 少なくとも、眼鏡をかけて委員長してた頃の穂坂の面影など、微塵も感じられない。 穂坂の腰を振るペースはどんどん速くなっていく。 だらしなく唾液をこぼし、悦楽に酔いしれた顔をして、もはや何を言っているのかわからない喘ぎ声を上げている。 「わかりゅ…わかりゅよ、もうしゅぐでりゅんれしょぉ? いいよっ、なかに、ひへぇぇぇ…あんっ!」 「くそっ…だ、れが…てめぇ、なんかに…イカされるかよ…っ!」 そうだ。耐えなきゃいけない。ここで耐え抜かなきゃ、取り返しのつかない事になる。 こんな奴の思惑通りにされてたまるものか。 「ちっ…く、しょおぉぉぉぉ…! うぅ、あぁぁぁぁぁぁ!」 たとえ終わりがないのだとしても、耐えなければ。 * * * * * …一体、何がどうなっている。 二人乗りの自転車を飛ばし、飛鳥ちゃんのいた(過去形を使うのは、亜朱架さんの発言から)病院へ俺と結意ちゃんはやって来た。 だが、亜朱架さんの姿は病院にはなかった。 電話は病院の公衆電話からかけたのだろうし、さほど遠くにはいない筈だけど。 俺は眼を閉じ、亜朱架さんの″気配″を辿ろうとした。…だが、何も感じられなかった。何もだ。 病院の近くにいるならば、その程度の距離なら十分察知できるはずだ。…まさか、飛鳥ちゃんを探しに、どこかへ行ってしまったのか? だとしたら、とんだ入れ違いだ。 「飛鳥くん…!」 結意ちゃんは一階ロビーから階段の方へ足を向けた。病室に行く気だろう。 791 :天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15 49 45 ID lajJDNvQ 「結意ちゃん、タンマ!」 「?」 「…飛鳥ちゃんはもうここにはいない。亜朱架さんは、『いなくなった』って言ってたんだ。」 「いなく…なった…?」 「そうだ。」 だが、手掛かりはないに等しい。そもそも、亜朱架さんがいない現状、何がどうなったのかすらわからない。 とりあえずは病院の人に訊こう。 中央のナースステーションまで移動し、受付にいた看護婦さんに尋ねた。 「すみません、二階の神坂の見舞いに来たんですけど、あいついなくて。知らないですか?」 「神坂さん……ああ、あの男の子ね。もう退院の手続き済ませてましたよ。」 「───そうですか。」 ありがとうございます、と言い残して俺はナースステーションに背を向けた。 どうもおかしい。手続きが済ませてあるのに、病室に迎えに来たであろう亜朱架さんとは合流していない。 誰にも告げずに、どこかへ行ったのか。一体どこへ? 亜朱架さんを探すしかないか…。そういえば、まだ飛鳥ちゃんの携帯にかけていなかった。 電話をかけながら探すとしよう。 俺は結意ちゃんを連れて、病室の外へ出た。 「───ちょっと病院にいた間に、随分なもんだ。」 外はいつの間にか、土砂降りになっていた。 外気は一気に冷たさを増し、暗雲は空を黒く覆い隠す。 飛鳥ちゃんを探し歩くにしても、傘が欲しいところだった。 携帯を取り出し、電話帳から番号を呼び出す。 無機質な呼び出し音が鳴り…と思いきや、「電波の届かない所に…」と言われてしまった。 まさか、病院から出てから電源をつけていないのか? ったく、毎度毎度世話の焼ける奴だ。 と、内心悪態をつきつつも、俺は次の思考に移っていた。 こっちは二人。広い市内を闇雲に探し回っても、見つけるのは難しいだろう。 ここは少し待つしかないか、と俺は判断した…のだが、結意ちゃんは雨などお構いなしに探しに行こうとしていた。 「ま───待てって! 俺じゃあるまいし、風邪引くぞ!」 「…私の心配はしなくていいって言ったでしょ。」 「せずにいられるかよ! ったく…傘買って来るから、2分くらい待てるよな? 待ってろよ!?」 結意ちゃんによく言い聞かせてから、俺はダッシュで病院の売店に向かった。 …まさか、雨に濡れるのも構わずに探しに行こうとするなんて思わなかった。 結意ちゃんにとっては飛鳥ちゃんが一番大事で、他のものなど最悪どうなってもいいのだろう。 恐らく、自分でさえも。 それはそれで危険だとは思うんだけど、それが彼女という人間なのだから。 ───そういう意味では、優衣姉と結意ちゃんは似ている、のかもな。見た目だけでなく。 陳列されている傘を適当に2本とり、レジに駆け込む。 レジのおばちゃんは面食らったように俺を見たが、構うものか。 会計が済むと、病院の人達に注意されない程度に早歩きで玄関に向かう。 すると、何やら知らない人と会話をしている結意ちゃんの姿が目に入った。 少し様子を窺い、結意ちゃんが軽く礼をしたのを見てから、俺は結意ちゃんに話しかけた。 「どうしたんだ?」 「…よく考えたら、病院の人達に聞いて回った方がいいかも…と思ったの。」 「───なるほど。たしかにその通りだぜ。」 やはり、結意ちゃんは普段は猪突猛進型のように見えるが、本質は至って冷静だ。 それはあの事件の時も、同じだった。 …時々、考えれば考えるほど彼女という人間がわからなくなる。 結意ちゃんの提案に賛同する事を言い、俺も聞き込み調査に加わった。 792 :天使のような悪魔たち 第22話 ◆UDPETPayJA:2012/01/03(火) 15 51 30 ID lajJDNvQ 15分ほど聞いて廻った頃だろうか。俺はひとつの気になる証言を若い女性から得た。 『この子かしら…さっき、コート着た女の子と、若い兄ちゃんが出て行ったのは見たけど…。』 ビンゴか? 俺はさらに、その女の子とやらの特徴を尋ねた。 『顔はあまり見てないけど、たしかこう、髪を左右で束ねてたわよ。ええと…そう、ツインテールっていうのかしら、あれ。』 ………なんてこったい。ツインテールの女の子といえば、明日香ちゃんの顔が出て来たじゃないか。 だが、そんなわけはない。誰かいないか、他にその髪型をする女子は。 俺は一旦、結意ちゃんの元へ向かい、そのくだりを伝えた。 結意ちゃんはそれを聞くと一瞬、ほんの一瞬だが、眉間に皺をよせた。 女の子と出て行った、という部分に憤りを感じたのか…はっ、つくづく幸せ者だな、飛鳥ちゃんは。 「怒るのはあとにしろよ、な? まだそいつが飛鳥ちゃんがだって確証はないんだし。」 「…そうじゃないわ。もう一人、いなかった? ツインテールの女の子が。」 「もう一人…?」 「そう。白陽祭のときに見たっきりだけど…たしか、斎木くん達のクラスにいなかった…?」 「俺のクラスに? ………あ!」 そうだ、いた。 白陽祭の日限定で、髪型を変えた奴がひとり、いたじゃないか。 思い出せ。あいつは今日、学校に…… 『珍しいな、委員長が欠席なんて。』 今朝、担任の発した言葉が脳裏をよぎった。 …確証はない。が、現段階では一番疑うべきだろう。 「───いたよ。ひとり、心当たりがな。」 穂坂と飛鳥ちゃんが、2人で病院を抜け出した可能性を。